第42話 シャベルとスコップって

 俺が何者なのかって説明はさっきの救助活動のおかげでしないですんだ。名前も知らないまま、お互いに声を掛け合って、俺たちは都庁を駆け下りた。

 邪魔する化け物を片っ端から切り捨てる俺を、なっちゃんは信じられないものを見る目で見ていたけど、なにがあったのかなんてことはなっちゃんも聞かなかったし俺も説明しなかった。

 ときどき階段が崩れてしまっていて、そういうときはあの壊れてしまった箇所から滑り落ちるしかなかった。そのたびに外で暴れまわる化け物たちが見えて、なっちゃんは表情を曇らせていった。

 『じゃじゃ馬馴らし』を握る手に力がこもった。今はそんな場合じゃないとわかっていても、なっちゃんに声をかけてやりたかった。

 これはなっちゃんのせいじゃない。未成年が国の危機に駆り出されて、そこで意図しない過失を犯したからといって、なっちゃんが責められるなんて筋違いもいいところだ。悪いのは、子供を戦場に駆り出すような不甲斐ない真似をした大人たちだ。なっちゃんは悪くない。

 俺とは違う。



 遅れた一人にとびかかろうとした猿を引き倒し、脳天に鉄拳を叩き込んだ。



 自分の力不足のせいで恩師を死なせた俺とは違う。

 俺には責任がある。

 俺は社会人だ。不適合者でも、成人で、自分を大人だと定義して生きてきた。

 だから、どんな手を使っても、俺は先生に与えた損失を補填して、先生に謝罪しなければいけない。

 飛び散った先生をかき集めたときに、決めたことだ。

 その術を知るためなら、密林の奥地にだって行ってやる。しゃべる円盤だって手に入れてやる。競争相手が世界二位だろうが、問題じゃない。



 最後に見つかった女の人を背負っていた隊員がつまずいて倒れた。もう他人を運んでいる余力がないらしい。俺が女の人を背負って、倒れた人を立ち上がらせる。


「止まるな!」


 

 この役立たずの力だって、使ってやる。

 外れだと思っていた。ゴミだと思っていた。でも、俺に宿っている【進化】のスキルは、相手が死んでいたって使える。だったら、死んだ人にだって使えるはずだ。

 一度ではだめかもしれない。でも、何十回、何百回と、人の身が進化を続けたとき、それでも、死という概念から逃れられないものだろうか。死ぬことすら避けられない生き物を、人の上位などと呼べるだろうか。

 今は試みることもできない。俺と先生のレベルに、スキルを使えるほどの開きはない。でも、いつか。

 どれだけの時間をかけたって、どんなものを差し出したって、先生を生き返らせる。俺は、責任を果たす。

 必ず。

 


 なんとか全員生きたまま一階にたどり着くと、外には戦っている人たちが残っていた。俺がここに入ってくるときに強行突破した人たちだ。


「……今田! おい、今田だろ!?」


 こちらの誰かの顔見知りらしい人が走ってきて、生き残ったのが俺たちだけらしいことを察して絶句した。


「こっち側の竜は倒したんだ! でも、ダンジョン化は終わらない! 井浦上長に報告しないと! どこだ!? それに負傷者は……」

「……上長は自殺した」

「えっ!?」

「ついさっきだ。自室で見つかった。もう政府も部隊も機能してない。ここは國丸さんが指揮をしてるから何とか保っていた。お前らを見捨てて逃げるわけにはいかないって、でも、これじゃあ……」

「ちょっと!」


 割り込んだのはなっちゃんだった。

 

「医者はどこですか!? 全員けが人です! 早くしないと、沢村が死んじゃう!」

「あ、ああ。傷病者はあそこに、でももう満員で……」

「こっちだ、及川!」


 建物の外で、でかい西洋風の鎧が怒鳴った。やたら丸い曲線を帯びたフォルムで、屈強なラグビー選手に合わせたサイズだった。


 生き残り組はみんなぎょっとしたけど、なっちゃんだけは指さされたプレハブ小屋へと走っていった。多分、【原初の炉】とかいうスキルがあるからあそこまで動けるんだろう。

 

 なんなんだあれ、ああいう兵器があるのかな。あっ、俺もこの女の人を運ばないと。でも、この人治癒能力があるみたいだし、必要なのかな。


 戦いのせいで上がった息だと、あまり細かいことを考えられない。そんな風に迷っていたら、生き残りの人たちと防衛部隊の人がおかしな目つきで俺のほうを見ているの気づいた。

 まあ、そりゃ冷静になったらそんな態度にもなるわな。完全な部外者のおっさんで、防衛部隊の人なんてさっき銃口を向けた相手なんだから。

 

 そう思っていたけど、怪訝な目つきはそれが理由じゃなかった。


「……君も突入部隊員か……?」

「あっと、俺、いや、僕はそうではなくて」

「いや、あなたじゃない……」


 防衛部隊の人が突き出した指は震えていた。


「後ろの君は……」


 振り向いたら、そこには、あの金髪の子供がいた。


 息が止まりそうなほど驚いた俺を見て、にっこりと笑うと、


「だいたい二十年、かな?」


 俺に触れた。

 

 そして次の瞬間、俺はさっきまでとは別の場所に立っていた。


「……!?」


 あの見慣れた草ぼーぼーの庭で、知らない女性をおぶって突っ立っている俺の目の前に座っているのは、記憶よりも白髪の少ない、


「じいさん!?」 


 じいさんは無言でシャベルを投げてきた。

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外れスキルで完全に社会から脱落していたおっさん、レベルアップの快感を知る。 山本哲 @nikuippatsu1129

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