第13話 夏 ①

「及川せんぱーい」

「……お、生きてたか」

「ちょっ、当たり前じゃないですかー!」

 

 早朝から三時間続いた激戦が終わり、防衛部隊に交代命令が下されると、宿舎で一人、座り込んで休んでいた夏の横に、後輩の沢村出穂が駆け込んできた。

 夏は持っていたバナナの房から一本をむしり取り、出穂に投げ与える。


「でもさっきのはマジで死ぬと思いましたよー! もうメリーゴーランドが三回くらい回ってましたね!」

「は? あ、走馬灯のことか?」

「なんですかそれ! いきなりわけわかんないこと言わないでくださいよ」

「……」


 出穂は夏と同じく麒麟児の一人だ。他の麒麟児から距離を置かれていることも夏と同じ。出穂の場合は男遊びの激しさから同性の反感を買っていることが理由だが。

 そういう生き方を選んでいる割に一人はさみしいのか、女子の輪から外れている夏によく絡んでくる。

 今回も、出穂はバナナを食べながら、夏が腰かけるベンチに座ってぐいぐいと距離を詰めてきた。


「先輩が助けてくれなかったら死んでました、あざっす!」

「助けたっけ……」


 前線に出てぶっ続けで大剣を振り回していた夏には、その間の記憶がほとんどなかった。

 邪魔なやつのケツを何度か蹴り飛ばしたような気がするが、その尻が男のものだったか女のものだったかは憶えていない。


 考え込む夏の反応はどうでもいいのか、出穂は明るい茶髪を指でいじりながらしゃべり続けた。


「てか先輩聞きました? 井浦のおっさんが宿舎に女の人連れ込んでたって話」

「知らん。超絶怒涛の勢いでどうでもいい……え? 愛人? あいつ愛人いるの? ていうかあのおっさん独身だろ? それは愛人じゃなくて恋人じゃね?」

「興味ありまくりじゃないですか。実は、前のピが言ってたんですけど」

「ピってなんだよ」

「あのおっさん、なんか卒業生を何人も囲ってるらしいですよ。それも優秀な人ばっかり。エリート軍人に黒い影、ですよね」

「へー。なあそれよりピってなんだよ。なんでいきなりバーコードバトラーになったんだよ」

 

 夏が中高年との交流が多いせいで同年代と話が噛み合わないことが多いのを知っているからか、出穂は質問を無視した。


「アタシとかめっちゃかわいいし実際モテてるし、もしかしたらもう目を付けられてるかも。やだー、先輩どうしよー!」

「優秀か?」

「優秀ですよ? まあ? 毎日、夜中に答え教えてって課題の写真送られるくらいには?」

「課題?」

「彼氏の高校の課題です」

「その彼氏別れた方がいんじゃね?」

「別れましたよー。ていうかフラれました。新宿行くかもって送ったら、バイバイって、それっきりです」

「……なんかごめん」

「いやべつに」


 しばらく二人とも黙り、やがて夏が口を開いた。


「なあ」

「はい?」 

「沢村は家族に挨拶してきたのか?」


 一人ぼっちを避けるための緩い関係。暗黙の了解だったそれを、夏が初めて踏み壊した。出穂は少しの間を置いて、変わらない明るさで答えた。


「してきましたよー。母親だけですけど。再婚相手とは反りがあわないんで」

「どこもそんなもんかねぇ……」

「先輩も片親ですか?」

「いや、いるにはいる。けど、どっちとも仲悪いよ」

「どこもそんなもんですよ。特にアタシたちは」


 弾薬や衣料品を満載した箱やバッグを抱え、目の前を走りながら行き交う支援組を眺めながら、夏は独り言のようにもらす。


「じゃあなんで、みんな残って戦ってるんだろ」

「さあ。家族以外なら、友達とか好きな人とかのためでしょ。先輩はどうなんですか?」

「……あたしも友達かなあ」


 出穂が視線だけで夏の顔色をうかがい、バナナを食べ終えた口をもごもごと動かしかけたとき、揺れる長髪の影が二人にかかった。

 顔を上げた夏の前に、オレンジ色の髪をした女性が立っていた。


「及川夏さん?」


 夏は女性の襟にある階級章を確かめ、彼女が自分に懲罰を与えられる立場だと確認すると、


「あー、バナナは食堂を覗いたら置いてあったので、つい手に取ってしまいました。私はまだ食べておりません。一本を食べたのは彼女ですが、渡した私の責任であることは承知しております。どうか彼女には寛大な処置を」


 と、バナナを女性に差し出した。

 横で出穂が夏をにらみつつ、少し青くなっている。


「バナナ?」


 女性はバナナの房を受け取り不思議そうに見つめると、三本をもぎりとった。


「バナナのことを咎めに来たわけじゃないの。死ぬか生きるかの瀬戸際なんだから、好きなものを食べればいい。私はあなたに助力を頼みたくて来ました。真田ユーリです」


 ユーリは怯えた気配の出穂と、どっしりと構えている夏の二人にビジネススマイルを見せ、自身もベンチの端に腰かけた。


「とりあえず、共犯ってことで」


 人差し指を唇の前に持ってくると、ユーリはバナナを一本ずつ夏と出穂に手渡し、残った一本を食べ始めた。

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