第5話 I(いっぱい)Q(くぁんがえよう)

 次の部屋には小型のプレハブ小屋くらいの壺が置いてあった。


「ん? 宝箱?」


 ではなかった。俺がその部屋に足を踏み入れると、バカでかいヤスデだかムカデだかの生き物が無数についた棒みたいな足を動かして壺の中から這い出てきた。

 モンスターは叫んだ。


「ギャース!」


 俺も叫んだ。


「オンギャー!」


 あまりの気持ち悪さに脊髄反射でスティックを振り回してデカメを叩きつけると、それはモンスターの体の真ん中くらいの部位にめり込んだ。緑色の体液がにじみ出てきて、ひどく短くなった体をばたばたと動かしてモンスターが暴れる。


 子供のころバッタの足をちぎっていた友達のことを思い出す。俺はカエルを手のひらで温めて殺してしまったりしていたことも思い出してしまった。


「……なんかごめん」


 カエルさんも。


 でもモンスターはちぎれたままこちらに向かってきそうなので、放置はできない。

 俺は今度こそ確実にモンスターの頭を叩き潰し、殺した。


「でばばばでばばばでばばばでばばばばでっばばー」

「これマナーモードないのかな……」


 ステータスを確認するとレベルが四も上がっている。これで俺はもうレベル10だ。


「めちゃレベルアップするな……あ、もしかしてこいつ中ボス的なポジション?」


 その割にあっけなかった。やっぱりこの武器がバランスブレイカーになっているんだろう。

 スキルポイントが四つも手に入ってしまった。


「むほほ。Hな君のおかげですよ」


 俺はスティックにちゅっとキスをしたあと流石にキモいなと思ってちょっと恥ずかしくなった。


「……解体するか」


 その前に図鑑を開いてみて、気がついた。


「……ユニーク個体ですやん」


 通常の個体名はムカデーモンとかいうふざけた名前だったけど、こいつは違う。

 そしてステータスはすべてのレベル帯での数値が参照可能だった。

 つまり。


「……レベルマックスですやん!」 


 やたら経験値をもらえた理由が分かった。

 図鑑によると鉢巻というらしい目の前の個体は、時折出現する特別に強力な個体、ユニーク個体で、おまけにレベルマックスだった。

 【進化】スキルが使えてしまう。

 この場合、ユニーク個体のまま上位種にランクアップするのだろうか。それとも通常個体になってしまうのか。


 俺は生唾をごくりと飲み下してスキルを発動した。

 鉢巻の死体は一回り大きくなり、体が入っていた壺が割れて中身が出てきた。


「あっ、ちぎれた部分でもちゃんと発動するのね」


 上位種の名前はねじり鉢巻きなんていう、ムカデーモンと競えるくらいにひどい名前だったけど、これでユニーク個体はユニーク個体のまま上位種になることも明らかになった。


 ねじり鉢巻きの長い胴体には甲殻がらせん状に巻き付いていて、小学生の頃人差し指を糸でぐるぐる巻きにしてハムみたいになるのを面白がっていたことを俺に思い出させた。


「うふふ……」


 そのままにしていたら指が腐ると教師に脅されて号泣しながらちびったことも思い出す。


「……やなこと思い出させやがって……!」


 武器をしまった俺は解体用のスキルを発動させた。残念ながら初級のスキルではまた二つの部位しか入手できない。上級のスキルならもっとたくさん、かついいものがとれそうなものなのに。


「……あ! ポイントがあるじゃん!」


 レンタルビデオショップでポイントだけでビデオをレンタルできることに気がついたときの嬉しさが甦るって言われても若い子はわかんないよね。


 俺は握りこぶしを顔の前に持ってきて叫んだ。


「スキルツリー!」


 目の前に浮かんだ点をスクロールしてお目当てのものを見つける。おそらくこのレベルのモンスターであれば中級以上の解体スキルが求められる。


「えっと、工人の中級スキル獲得条件は……レベルが45以上かつ指定ステータスの合計値が100以上、そして初級スキルを15個以上所持、要するに……」


 ムリ。


「……はあああ~……」

 

 あーあ。ちっ。やってらんねーよ。


「てかそもそも解体用の道具も持ってきてないし。こいつを保管する道具もないし。どうすっかな~」


 とりあえず広間を出て、次の部屋で階層クリアなことを、小部屋の中心に置かれた麻袋で確認した俺は、スティックの棒部分を通路につっかけるようにして、スライムの部分をぐいぐい引っ張ってムカデの死骸がある部屋まで戻った。


「ふっ、ふぐっ、んぐっ」


 汗水たらしながらスライムをひっぱりムカデにくっつけて、手を放してダッシュで離れた。

 俺の思惑通り、ムカデは縮むスライムによってお宝のある部屋まで猛スピードで飛んでいった。


「はあ、はあ……俺、結構IQ高いかもな……」


 そのあとすぐに激突音となんかガラスが割れる音がした。


「……」


 小部屋に戻ると吹っ飛んだムカデがぶつかったことで麻袋が潰れていた。俺が運べないような重さのムカデが飛んでいったらどうなるかあんまり考えずにやってしまったせいだ。


「……そういえばIQってなんの略なんだろ」


 IQ高いやつにふさわしく落ち着いた態度で考えながら、俺はムカデの下で潰れている麻袋を探し出した。ぺしゃんこになった回復薬らしきものが入っている。


「……」


 俺はずりずりとムカデをひきずりながらなんとかダンジョンを出た。


「倉庫に入るかこれ……」

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