第18話 王女失格


「————それじゃぁ、そのエリクシアって魔女の警告を受けて、逃げてきたの?」

「ええ、このままブレイブと結婚してしまうと、私に待っているのは死だけです」

「でも、そうなると魔王デルビルが復活してしまうんでしょう? そうなったらどうするの? またこの世界に最悪が訪れるってことよね? それに……」


 再び城跡へ向かっている間、アンからあの日の出来事を聞いたミラーは、首を傾げる。


「それに、ブレイブはエリクシアを邪魔者と呼んでいたんでしょう? どうして、勇者より魔女の言葉を信じるの?」


 魔女と勇者、どちらの言葉を信じるか……ミラーがもしアンと同じ立場であったらなら、そんな突然現れた怪しい魔女より、前から知っている勇者の方を信用するだろうと思った。


「それは、エリクシアの目よ。お母様の名前を口にした時、とても優しい目をしていたわ。それに、お母様が第三王妃だった期間って、ごくわずかなの。二年くらいだったかしらね? 私のこの髪がお母様と同じ色だって知っていたわ。実際に会ったことがないと、分かるはずがない」


(お父様もよく言っていたもの。私の髪は、お母様と同じ色をしているって……)


 それに、ブレイブはアンを無理やりあの部屋に閉じ込めて、軟禁しようとしていた。

 薬を使ってまで、強引に……

 そもそも、ブレイブとの婚姻に乗り気じゃないアンには、エリクシアの警告の方が信じるに値するものだった。


「私は別に、この世界が滅びて欲しいだなんて思ってないわ。でも、私一人の命で世界が救われるなんて、意味がわからない。どうして私一人だけが、未来を奪われなければならないの?」

「……それは、まぁ、そうだけど……多くの人を助けるには、そうするべきなんでしょう?」


 アンは否定するように首を横に首を振る。


「ヴィライト様には、『あなたが犠牲になるくらいなら、世界なんて滅びてしまえばいい』と、そう言われたわ。私の為なら、悪者にされても構わないって……でもね、ドーグ島に向かっている間、船の上で考えたの」


 城跡に着いて、アンは祖父母の墓の前で立ち止まった。


「世界を救う別の方法を考えるべきだって。だから私は、逃げるの。このまま城にいたら、この国にいたら、私にはその別の方法を知る機会すら与えられない————」


(まずは逃げる。先のことは、それから考えるわ。私は、ヴィライト様さえ……あの方のそばにさえいられれば、どこにいようとそれだけで幸せだから)


「もしそれでも私が死ななければならないと言うのなら、私はブレイブではなくて、ヴィライト様の隣で死にたいの」


 アンは、少し困ったように眉を下げて、笑っていた。


(本当は、世界なんてどうでもいいと思ってる。こんな考えは、王女としては失格ね……でも、あなたと一緒にいられない未来なんて、私には必要ない)


「ねぇ、ミラーさん、まだ、ヴィライト様に変身できる?」

「……え?」

「土の魔力で変身できるのは、本物が生きている場合だけなんでしょう?」


 ミラーは、アンの言葉に目を見開いて驚く。

 アンがそのことを知っているとは、知らなかった。


「…………できるわ」


 ミラーはヴィライトの姿に変身してみせる。

 何もかも同じ、姿形も、声も、全く同じ姿に。


「でも、どこにいるのか、ブレイブとの間に何があったのか、私は何も知らないわ」


 ブレイブも、新聞でも、ヴィライトはアンを誘拐した大罪人で、死んだことになっている。

 しかし、こうしてミラーが変身できるということは、どこかで生きている。

 間違いのない証拠だ。


「ヴィライト様は生きている。それがわかっただけで、十分よ。ありがとう」


(生きてさえいれば、きっと……きっと、また会える)



 * * *



 ミラーと別れて、アンとマジカはかつて噴水だったであろう大きな水瓶の縁に腰をかけていた。

 中には、半分くらい雨水が残っている。


「城跡に来るようにって、だけで、何も起きませんよね」

「そうね……誰かが来る気配もないし……————」


 ドーグ島に行け。

 ロートカミラの城跡へ行け。


 エリクシアの言葉に従ってここまで来たが、誰かが待っているわけでもなさそうだし、誰かが来る気配もない。


「もしかして、ドーグ島で言っていたみたいに、期限があったんですかね? ドーグ島では3日以内に現れるって言っていたって、ドルドさんが……」

「その可能性は、なくはないけど……」


(ここにいたのは、たった2日。このままじゃぁ、もう直ぐ陽が暮れてしまうわね)


 もし、ここでも日数が限られているなら、アンはエリクシアの用意した逃走ルートから外れてしまったかもしれないと少し不安になって来た。


「王都から追っ手が来るって言ってたの……あれって、きっとミラーさんのことですよね?」

「タイミング的に……おそらくね」


(もしかして、どこかで行き違った? もしそうだとしたら……どうしよう)


「————おい、遅いぞ。アン・ニード=フローリア。本当に逃げる気があるのか?」

「あるわよ。だからこうして、シスターの変装までして————え?」


 背後から声がして、振り向くと水瓶の中から、エリクシアの顔だけが出ている。

 首から下は、水瓶の中から出て来ることはなかった。


「まったく、こんな時に人助けとは……本当にお前はミリアと似ているな」

「ひぁぁ!!」


 マジカは驚いて、奇声をあげて腰を抜かす。

 見ようによっては、生首が喋っているように見えるのだから、その反応でも仕方がない。


「……ん? なんだこのガキは、失礼だな」


 エリクシアは冷めた目つきでマジカを一瞬見た後、すぐに視線をアンに移す。


「まぁいい。計画というのは、いつも思い通りに行くものではないからな……ドルドから短剣は受け取っているな?」

「え、ええ」

「では、それを使って……あの一本だけ残っている柱があるだろう?」


 エリクシアは、アンの後ろにある太い柱を顎で指して言った。


「その短剣で、柱に向かって縦に切り込みを入れろ。そうすれば、通路が開く」

「……通路?」


(こんな短剣で、あんな太い柱を切るなんて……————できるわけ……)


「その通路を進め。ただ真っ直ぐに。そうすれば、ニコリアに抜けられる」

「ニコリアに……?」

「まぁ、行けばわかるさ。その先にいる妖精王に声をかけろ」


 エリクシアはそれだけ言って、水瓶の中に同化するように消えて行く。


「ちょ、ちょっと待って! ヴィライト様はどうなっているのか教えて————」


 アンは、消えて行くエリクシアをつかもうとしたが、その手は空を切っただけ。

 銀髪の魔女の姿はもうそこにはない。


「————……せめて妖精王の名前くらい教えなさいよ! まったく……」


(ちゃんと話もしないで……何なのよもう……っ!!)


 もうそこにいない魔女に話しても意味がない。

 大きなため息をついてから、言われた通り太い柱の前に立って、アンは短剣を鞘から抜いた。

 もうすっかりあたりが暗くなり始めているせいで、ドルドに渡された時より輝いて見える。



「これで本当に、切れるの?」


 半信半疑ではあったが、おもいきり振り下ろすと、本当に柱に縦に切り込みが入る。


「え……!?」


 そして、切れ込みの向こう側に、確かに道が見えた。

 外壁と同じ薄い桃色のレンガで囲われた、隠し通路のようなものがある。


「この中に、入れって……ことよね?」

「そ、そうですね」


 アンとマジカは、柱の中へ入った。

 数歩進んで振り返ると、入口はいつの間にか綺麗に消えている。

 切り込みのない大きな柱が立っているだけだった。


「ほ、本当に、この通路を進めば、ニコリアに……?」

「エリクシアがそう言うんだから、信じて進むしかないわ。行くわよ、マジカ」


 アンは少し震えているマジカの手をしっかり握って、先へ進む。

 終わりの見えない長い通路を、ただ、ひたすらに、真っ直ぐに————




【第二章 了】




 ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 この作品は中編コンテスト応募作品ですので、次の三章まで書いてしまうと規定違反になってしまいますので、一旦ここで終了です。

 第三章は、コンテストの結果次第となります。

 もし、コンテストの結果が良くないものであっても、自主的に長編化して完結まで書く予定でいますので、それまで作品のフォローをしてお待ちいただければと思います。


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 2023.9.27 星来香文子

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悪役《ヴィラン》は私の為だけに咲う 星来 香文子 @eru_melon

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