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 その年の入団試験があと二週間ほどにせまった日、ダリアはきょうがくの事実に気がついた。


「試験会場は皇都!?」


 アグネス侯爵家の騎士団からこっそり手に入れた、試験のしょうさい。その用紙にさいされていたかいさい場所に、ダリアは絶望した。


(皇都って、どうやって行けばいいんだ?)


 まだ小さかった頃にしか行ったことのない皇都。行き方はおろか、行く手段すら思いつかない。


「この世界にもバイクがあったら解決すんのになあ」


 前世ぶりにバイクに乗って走りたいしょうどうられるが、この世界にそんなものはない。移動手段は馬か馬車がほとんどだ。


(馬……そうだ!)


 ソファで横になっていたダリアは、勢いよく起き上がった。


(確かこの家にも、きゅうしゃはあったよな)


 ダリアはにんまりとほくそ笑む。

 バイクがないなら、馬に乗ればいいのだ! 乗馬の経験はなかったが、彼女には前世の愛車で夜の町を走り回ったおくがある。簡単に乗りこなせるだろうというなぞの自信があった。

 さっそく、今日の夜にでも馬の下見に行こうと計画を立てていると、とびらがノックされる。

 そろそろ夕食の時間だ。侍女が食事を持ってきたのだろう。


「失礼いたします」

「えっ……」


 しかし部屋に入ってきたのはいつもの侍女ではなく、食事を持ったしつちょうだった。


「食事担当の侍女の体調がすぐれないようで、代わりにお持ちしました」

「そ、そうですか……」


 他のメイドに任せればいいのにと思いつつ、笑顔を作る。執事長とは、剣を買いに行って朝帰りして以来初めて顔を合わせる。皇都から帰ってきた父親たちにも特にダリアのことを報告している様子はなかったので、勝手に味方だと思っていた。しかし、実際のところ確認したわけではないし、執事長にどのような顔をすればいいのかわからなかった。


(いっそのこと、ぶっちゃけていてみるか……?)


 この際、白黒はっきりつけようと思い、口を開こうとしたが……。


「ダリアお嬢様は、皇室騎士団入りを目指していらっしゃるのですか」

「!!」


 執事長はおだやかな表情のまま、ダリアに尋ねた。予想外の質問に驚いたが、ダリアは腹を決め、隠すことなくうなずいた。


「はい。執事長も私を止めますか?」

「何を仰いますか。私にも協力させてください」


 執事長のあまりに意外な一言に、ダリアは一瞬思考が停止する。


「え? 協力……してくれるんですか?」

「入団試験は皇都で行われるとおよんでいます。となれば、皇都へ行きたいのですよね? しかし奥様の耳に入れば、きっとされてしまうでしょう」

「そうなんです! あのクソば……お義母かあさまには絶対止められると思います。騎士団に入るとバレ……わかったら反対されるでしょう」


 反対されるどころか、はじらずだなんだとののしられて部屋にかんきんされることが目に見えている。

 皇都から帰ってきた継母たちは、ダリアを虐めるタイミングを見計らっていた。しかしダリアが波風を立てないよう、部屋にこもっていたことで上手くかいできている。今回の件が知られでもしたらダリアを虐める最高の口実になるだろう。


「ご安心ください。ひそかに馬車の手配をしますゆえ」

「いいのですか!?」


 ダリアは執事長の提案に食いつく。


「でも、もし手伝ってくれたことがクソば……お義母様に知られでもしたら、執事長が危険では」

「私は今まで、何ひとつダリアお嬢様のお力になれませんでした。もうこうかいはしたくないのです」

「執事長は何も悪くありません。お父様やお義母様からの圧力があったのでしょう?」

「ダリアお嬢様……痛み入ります」


 うやうやしく頭を下げる執事長に、今協力してくれるなら、過去なんてどうでもいいとダリアとしては思う。

 決行は三日後の夜。屋敷から少し離れた場所に馬車を用意するということで話はまとまった。


「執事長。おかげで無事に皇都へ行けそうです。貴方がいなければ、私はこの家の馬を借りて、気合で行こうと考えていました」

「ダリアお嬢様は、乗馬の経験がおありで?」

「いえ、ありません。ですが馬と心を通わせればいけるかなと思ったんです」


 ダリアの自信満々だけどとんちんかんな返答に、執事長は一瞬目を丸くしてしょうする。


「それは、少々ぼうでございましたね……お声がけするのが間に合って良かったです」


 安堵したような表情を浮かべる執事長を見て、ダリアはどれだけ自分が無計画であったかを反省した。


「では三日後、けんとうを祈ります」

「ありがとうございます」

「……ダリアお嬢様」


 部屋を出る前に、執事長は改まった様子でダリアに質問した。


「旦那様のことを恨んでおられますか?」


 ダリアはもちろんだとそくとうしたかったが、執事長のどこか悲しげな表情に、言葉をまらせる。


「先ほどのお言葉、一部ていせいさせてください。私は一度も旦那様から圧力をかけられたことはありません。確かにダリアお嬢様の母君が亡くなられてから、旦那様は変わられました。ですがそれは……ダリアお嬢様を愛しておられたからです」


 執事長の話は噓だろうと思った。ダリアのことを考え、大切にしようと思うなら、継母たちに虐められているのを無視するはずがない。


いまさら何を……」

「都合のいい話だとわかっています。ですが旦那様はずっと、ダリアお嬢様のことを考えておられます」


 万が一、本当だったとしたら、きっとゲームのダリアは喜ぶのだろう。さいまで家族の愛を求め続けていたのだから。


「すぐには信じられませんが……話していただきありがとうございます」


 ダリアとしての記憶がのうよぎったからだろうか。今のダリアには、怒りや悲しみ、苦しみといった感情がうずいていた。



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