15 深淵を覗く
期待の眼差しで階段を凝視していると、上の階から降りてきたのはなんと。
「アーー! リュウぜんぜいぃー!!」
「え?」
リュウ先生は私の雄叫びに驚いたように顔を上げる。
百華は連れておらず一人だ。
前に会った時肩に乗っていたトカゲは、今日はリュウ先生の服の襟から顔だけ出して服の中でスヤスヤと眠っている。
「三日月さん、どうしたの?」
「クォーツ草を持ち帰る許可をいただけませんか!? 家で自習したいんです」
「ああ、構わないんじゃないかな。明日報告しておくね」
「やったー! ありがとうございますううぅ」
私がリュウ先生を拝みまくると、先生はクスクスと笑った。
「陽も落ちてきたし、危ないから同行するよ。夜は防犯的にもガーディアンの警戒心が強まるからね」
「そうなんですか? じゃあお言葉に甘えてお願いします」
確かに一人であそこに行くには少し怖い。
私はリュウ先生の横に並んで外に出る。
公園を出た時まだ明るかった空は暮れなずんで街灯が点きはじめていた。
もたもたしていたら自習の時間もなくなってしまう。
足早に中庭に向かうと、そこは地面いっぱいに沸き立つようにクォーツ草の光が溢れていた。
魔力が光として見える私は、暗くなると昼間とは別世界に居るように感じる時がある。
今がまさにそれ!
昼間はふんわりと優しく光っていたクォーツ草は、流れ星が降ったかのように明るく輝いて見えた。
「うわぁ〜……綺麗!!」
思わず声を上げてしまった私に、リュウ先生は「あ」と目を丸くする。
「もしかして三日月さんも魔力が目で分かるタイプ?」
「”も”ってことは、リュウ先生もですか?」
「うん。綺麗だよね。やっぱりあの妖美な光は滅多に拝めないから魅入っちゃうなぁ」
リュウ先生は恍惚としたため息をついて遠くを見つめた。
妖美な光かぁ。
私にとってこの景色は暖かくて安心する光に見えるけど、捉え方には個人差があるのかもしれない。
「さぁ、クォーツ草を採っておいで」
「はい!」
リュウ先生に促されてあたりを見渡してみる。
一面虹色の光で溢れる中に、炎のように赤くゆらめく光を見つけた。
リンゴの木だ。
見ているとじりじりと目が焼け付くような、意識が吸い込まれてしまうような感じがして私は目を逸らした。
あそこには近づかないようにしなくちゃ。
気を引き締めながら石畳に足を踏み入れる。
けれどその瞬間、瓦礫がぶつかり合うような大きな音が聞こえた。
え?
と思った時には目の前にガーディアンがいて、私を踏み潰そうと大きな足を振り上げている。
リンゴの木には近寄っていなかったのに、夜は警戒心が強くなるというのはどうやら本当らしい。
ーーうそ、やられる!?
風圧に髪がなびく。
私は咄嗟に頭を抱え込んだ。
……だけど、一向に痛みはやってこない。
「ーー?」
恐る恐る目を開けてみれば、私の前にリュウ先生が立ちはだかっていた。
「退きなさい」
リュウ先生が抑揚のない声で一言言う。
その瞬間、ガーディアンはブルブルと震え上がりその場に崩れ落ちるようにレンガに戻った。
す、すごい……。
ガーディアンは再び動き出す気配はない。
リュウ先生は何事もなかったかのように笑顔で私を振り返った。
「大丈夫?」
「あ。は、はい……ありがとうございます。今何が起きたんですか?」
「んー、あの子は良い子だから親の言いつけは聞くんだよ。開発したの僕だしね」
「え!? そうなんですか!?」
やっぱり魔法省にいる人って超一流なんだ!
私が感心したように拍手をすると、リュウ先生は照れるように微笑んだ。
ガーディアンがおとなしい間にクォーツ草を採らなくちゃ。
私はこの前と同じ五本だけクォーツ草を採取して、リュウ先生と一緒に中庭から別館の中へと戻った。
「夜道は心配だから、駅まで一緒に帰ろうか」
玄関へ向かいながらリュウ先生は私に提案する。
「え? でも、研究室に用事があったんじゃないんですか?」
「置きっぱなしにしてた持ち物を取りに行こうとしただけだから大丈夫だよ。明日でも良いしね」
そう言って先生は微笑みながら外への扉を開けた。
丁度、冷たい木枯らしが吹いて私たちを凍えさせる。
その寒さにリュウ先生のトカゲが目を覚ましたのか、服の中から這い出てきた。
あれ……?
モソモソと肩の上に移動したトカゲは全身に魔力の光を纏っている。
トカゲには医療によく使われる”ものを再生する魔力”があって、魔力の源は尻尾だから尻尾だけ光るはずなんだけど……。
私の視線に気づいたのか、リュウ先生は駅に向かって歩きながらトカゲをなでた。
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