12-2

「ぜんっぜん、意味が分からない!」


 チーンと私の頭の中で誰かがトライアングルを鳴らす。

内容が難しすぎて半泣きだけど、それでも少し分かったことはある。


 まず、魔力は物質から抜け出すと器を失って現象を起こし続けるということ。

だから代わりの器としてクォーツに魔力を閉じ込める。

クォーツは魔力のONとOFFを切り替えられるスイッチのようなものなんだ。


 ……ということはだ。

私は今度は自分の本棚から魔力辞典を取り出して”く”の一覧に目を走らせる。


「あった」


 指を当てたのはクォーツ草の項目。

そこには「クォーツ草の魔力は融解。魔力の源は水分」と書いてある。

つまり、何度挑戦してもクォーツ草がドロドロに溶けてしまっていたのは……。


「クォーツ草に残しておかないといけない魔力を、私は水分と一緒に取り出しちゃってたんだ!」


 魔力は物質から抜け出すと器を失って現象を起こし続けるから、クォーツ草の魔力を外に出せば融解の力は暴走する。

取り出さないといけないのはあくまで水分のみなんだ。


「それから爆発してしまうのは……」


 頭を整理しながら、魔宝石辞典をめくって魔力の混合が書かれているページを開いた。


 そこを読めば、相性の悪い魔力は組み合わさると激しい反発ーーつまり爆発が起こるということが分かる。


 クォーツ草の魔力はものを溶かす。

それは石の固まる魔力と正反対の力。

だから爆発してしまうんだ。


「つまり、”クォーツ草から水分を吸引する時に魔力を一緒に引き出さないようにする”のが成功の鍵ってことだよね!?」


 それには風の魔法をもっと上手く扱う必要がある。

ステッキの使い方、呪文に気をつけて……。


 私は机の上にクォーツ草、木の葉や石を並べながら、ふとシトアに最初に言われたことを思い出した。


「魔力とは物体の本質である。本質を理解して、はじめて魔法が使える……」


 本質とは本来の姿のこと。

木の葉の本来の姿は風?


 机に頬杖をつくように、並び終えた材料と同じ目線になるようにしゃがみ込んでみた。

ぼんやりと光る魔力をじっと眺めながら想像する。


 風って、どんなものだっけ……?


 夏に吹くそよ風、冬に吹く木枯らし。

秋は紅葉を静かに揺らすし、春は桜の花びらをふわふわ漂わせる。

何かを動かす力があるってこと?


 ううん、違う。

動きは予測できないし、きっと目的があるんじゃない。

何かをしようとしてるというよりは、干渉されることなく自由に動き回ってる。


 そうだ……。

風は、遊んでるだけ。


 パズルのピースが埋まるように、私の中でパチンと何かがハマった。


 その瞬間、手が触れている木製の机が一気に芽吹きはじめる。

同時に木の葉が魔力と共に弾け飛び、五本全部のクォーツ草を宙にさらった。


 え!?

私、呪文を唱えてないのにまた魔法を使っちゃーー。


「アァーーッッ!?」


 クォーツ草から出てきた水分は大きな塊となり、重力に負けて床に向かって落ちていく。


 割れる……!!


 咄嗟にベッドの上にあるステッキを引っ掴む。

更に部屋にあった観葉植物の葉をむしり取り、その魔力を使って風の魔法を発動する。


 間一髪。

床に落とす前に、クォーツ草の水分からできた水球をステッキの切っ先に浮かせる事ができた。


「ふー危なかったあぁ〜。……って、うそ!? 私、普通に風の魔法使えてる……?」


 もしかして、シトアの言ってた魔力の本質を理解したってこと?


 そう思った時。

私は頭の中にある考えが浮かんだ。


 シトアって、魔法を使う時ステッキを持っていない。

それに私はたまに呪文を使わずに魔法を使ってしまう時がある。


 魔法を使うのって、本当は呪文もステッキもいらないーー?


「魔力との、関わり次第で……」


 未知の領域を覗いた気がして背筋がゾクっとした時、ふいにステッキに感じていた魔力が消えた。


 そうだ、今水球を浮かせているのは浮遊の魔法ではない。

風の魔法だ。

風に持続性はない。

つまり、また落ちるーー!


 私は再び慌てて風の魔法を使った。

早いところ水球を凝固してクォーツにしなければならない。


 クォーツ草は五本全部使ってしまったし、課題がクリアできるチャンスは一度きりだ。

クォーツの抜け殻は空気が抜けたようにペシャンコになって床に落ちている。


「うああ、どうしよう。うわああああ」


 いや、落ち着け?

大丈夫、今のと同じように魔法を使えばいいだけなんだから。


 い、石の魔力の本質ってなんだろう?

石の……本質、いしの……。


 急に緊張してきて、私はプルプルと手を震わせながら立ち尽くした。

何もできないまま時間だけが過ぎていく。


 とりあえずカニ歩きで部屋の隅まで行き、片手で窓を開けた。

水球が落ちそうになれば、手を伸ばして外にある木の葉をむしり風の魔法を使う。


 頭が真っ白だ。


 そうしているうちに、気づいたら外が明るくなっていた。


「うそ今何時!?」


 って、七時!?

そろそろ家を出ないと!


「……。一か八かでやってみても良い?」


 答えるわけないけど、目の前の水球に話しかけてみた。

乳白色の水球は朝陽に反射して虹色の輝きをゆらめかせている。


 キラキラしたラメが入っていて、まるでホワイトオパールみたい。

こんなに綺麗な水球、消えちゃうのもったいないなぁ。


「ああっそうだ! せっかくだからこの綺麗なの、シトアにも見せてあげようかな!?」



 だって初めて私に魔法で挑戦していいって言ってくれた人だもん。

うん、そうしよう!


 どうしよう。

このまま電車に乗っていく?

あっ、ダメだそんな事したら魔法師の資格もないのに外で魔法を使ったって捕まっちゃう!

かくなる上は……。

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