11 もう一人の先生


 間一髪。

私がお嬢様の腕を掴んで二人で後ろに倒れ込んだのと、ガーディアンが拳を地面に突き刺したのは同時だった。


「ひ、ひええええ!!」


 次の攻撃が来る前に無我夢中でお嬢様をかつぐ。

だけど必死すぎて躓いて、這いつくばって逃げようとした結果二人でゴロゴロと地面を転がって、なんだか色んなところが痛い。


 おかげであの場から離れられたからガーディアンは塀に戻っていたけれど。


「ちょっと、痛いじゃないですの!」

「ご、ごめんっ! でもあのガーディアン見た!? あのままじゃ潰れてたよ!?」

「ガーディアンがいる事くらい知っていますわ!」


 お嬢様は頬を膨らませて怒っている。

私はその表情をポカンとして見つめた。


「え? じゃああそこで何してたの?」

「それは……」


 視線を漂わせる姿を見て、私はひらめく。


「あ! もしかしてクォーツを作るのに広葉樹の葉が欲しかったの? 今は冬だから針葉樹しかないもんね?」


 聞くところによると、葉っぱの中でも針葉樹を元に風の魔法を使うのは難易度が少し高いらしい。


 もしかしてこの子も私と同じように魔法が下手なんだ?

なんか親近感湧いてきたかも!


「バカにしてます? 風の魔法なんて赤子の腕を捻るくらい簡単ですわ」

「またまた、隠さなくたってーー」


 喋っている途中で、私は何か異様な雰囲気を感じ取った。

お嬢様の肩越しにリンゴの木が見えていて、その枝に黒い誰かが座っている。


 骨のように細い四肢、胴体には真っ黒の何かがたくさんくっついていて、長い前髪に隠れて表情は見えない。


 でも、顔の向きからしてその誰かはじっと私たちを見つめている。

どことなく恨めしそうに……?

まさか。

ま、まさか!?


「キャーーーー!?」

「えっ? なんですの!?」


 私はお嬢様の手を引いて必死に中庭から逃げた。

その勢いのまま外に出たところで、血相を変えてこっちに走ってくる若い男性に出くわす。


「何かあったの!? 悲鳴が聞こえたけど……」


 誰だか分からないけど、この人きっと先生だよね!?


「あ、あのあのあの、ゆゆゆ幽霊がいたんです!!」

「えぇ!? そそそ、それは本当ですの!?」


 お嬢様は真っ青になって私を見た。


「う、うん。青白くてガリガリで真っ黒で……」

「まぁ!? それって幽霊でなくて死神なのでは!? 私聞いたことがあります。死神は見つけてしまった者の魂を吸い取るのだと!」

「ええええ! こわ!!」

「大変ですリュウ先生! 先生ならなんとかできますよね!?」


 お嬢様は慌てて私を先生の前に差し出した。

嫌な子だと思っていたけれど、私を救おうと必死になっている姿を見ると案外良い子なのかもしれない。


 リュウ先生と呼ばれたその人は、髪はゆるいパーマがかかった黒髪でおしゃれな丸メガネをかけている。


 背が高くて目はぱっちりしているし、アイドルにいそうな外見だ。

……が、肩に大きなトカゲを乗せていてそこだけは謎だ。


 リュウ先生は私と目を合わせた後、困ったように笑った。


「幽霊や死神が現実にいるとは思えないな。君が見たのは動物とかこの学園の関係者かもしれないよ。特徴をよく思い出してみて」

「なるほど。リュウ先生が言うのならそうかもしれませんわ。三日月さん、どうなんですの?」

「えっと……」


 お嬢様に言われて、姿を思い返してみる。


「姿はひょろひょろの人間で……。あっ足はあったから確かに幽霊じゃないのかも。あと体に鳥の羽?みたいな黒いのがいっぱいついてて、顔は青白くて……え? やっぱり死神じゃ?」


 再びゾッとする私とは裏腹に、リュウ先生は笑い出した。


「あはは、なるほど。正体が分かったよ」

「本当ですのリュウ先生!?」

「ああ。それは多分魔法省の職員だね。カラスって言うんだけど、彼は神出鬼没なんだ」

「あ!?」


 カラスさん!!


 その名前を聞いて私は魔法省での出来事を思い出した。

ハーブキッチンでもいきなり現れてびっくりしたっけ。


 その時に見た特徴と照らし合わせてみてもカラスさんで間違い無さそうだ。

あの時だけじゃなくてまた叫んでしまったことに私は申し訳なくなった。


 だけど、あんなところで何をしてたんだろう?


「それにしても目ざといね。彼は隠密のスペシャリストで僕でもたまにいることに気づかないよ」

「そういえばリュウ先生は魔法省の方ですものね」

「え? リファラル委員なんですか? それじゃあ試験の間だけ……えっと、君の担任の先生?」


 そういえば私、お嬢様の名前を知らないや。

その心の声が読めたのか、お嬢様も何かに気づく顔をした。


「そういえば名乗っていませんでしたわね。私の名前は寺島百華。同じ受験生ですし百華と呼んでくださって構いません」

「え!? 呼び捨てってこと?」

「ええ」

「じゃ、じゃあ私もみかげって呼んで!」


 友だちがいない私は同年代の子と呼び捨てで呼び合うというだけで少しソワソワしてしまう。


 寺島百華さん。

百華、かぁ……。


 と一人で浮き足立っていると、なんとなくその名前が脳裏のどこかをかすめた。


 この名前、なんか聞き覚えがあるような……?

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