7-2


 わ、わわわ!?


 一時間以上前に来たのに教室内の席はいっぱいに埋まっている。

そこにいた全員の視線が一斉に突き刺さって私はギョッとした。


 自分の席は探すまでもない。

一つだけぽつんと空いている真ん中の席だ。


 急いでそこに向かうと、ダークブラウンの机の右上に「三日月みかげ」と金色で印字された、校舎と似た色のリボンを発見した。

裏にはクリップが付いていて周りを見るとどうやらそれは名札代わりのようだった。


 どうしよう。

急に緊張してきちゃった……。


 でもここに名前があったって事は手紙は間違いじゃなかったって事だ。

ホッとしながら名札つけていると、横からつんつんと袖を引っ張られた。


「ね。もしかしてあなた、あの三日月瑠璃さんと琥珀さんの親戚?」


 そう話しかけてきたのは右隣の席の女の子。

ボブカットにピンクのカチューシャをしている。


「え? えっと、親戚というか妹だけど……」

「そうなの!? 珍しい苗字だから名札見てみんなで噂してたんだけど、もう一人妹さんがいたんだ!」

「うそ、本当に?」

「妹さんに会えるなんて嬉しい~! 私瑠璃さんのこと尊敬してるんだ!」


 それに便乗して、目の前と左横の席の子も私に話しかけてきた。


「三日月さん絶対合格だよね~。だってあの二人の妹なんでしょ?」


 と言われてドキッとする。

どうしようこの空気。

私は実は落ちこぼれですとか言えなくなってきた。


「う、ううううーん、どうかなぁ?」

「えー! だってただならぬオーラを感じるよ!?」

「あ、あはは……」


 とりあえず笑って誤魔化そう。

話題を変えようかと思っていたところで、丁度良く教室の扉が開いた。

ヒールの足音をさせながら入ってきた四十代くらいの女性が、堂々とした様子で教卓の前に立つ。


「はい、もうみんなそろってますね。私はこの学園の責任者の赤渕です。以後お見知り置きを。少し早いですが説明をはじめましょうか」


 ハキハキと喋るその女性は赤いメガネをかけて茶色い髪を後ろでお団子にしていて、くびれの利いた黒のスーツがビシッと決まっている。

なんとなく語尾に「ザマス!」ってつけそう。

実際は言ってないけど。


「まず、みなさんを招いた理由から説明しましょう。本校では今年から”リファラル制度”というものが新設されました」


 ザマス先生は黒板を振り返ると、チョークを手に取った。

リファラルって推薦って意味だっけ。

なんかかっこいい感じがするな!?


「今まで宝石師学校に入学する方法は、国からのスカウトを得る。という一本柱でしたが……」


 そう話しながら、ザマス先生は黒板に「スカウト部隊」と書き込む。

それを柱に見立てるように四角で囲み、更にその横にもう一つ四角を描いた。

そこには「リファラル委員」と書かれている。


「試験的に二つめの柱が導入されました。それがリファラル制度。魔法省が選んだリファラル委員が、独自の目線で宝石師を目指すに相応しいと思った子を本校へ推薦する制度です」


 そうか。

私は国からスカウトされた訳じゃなくて、そのリファラル委員ってやつの誰かが推薦してくれたんだ。

最近魔法省に行ってたからそこで誰かが私を見てたってこと?

でも、魔法省にそんな人……。


 そこまで考えて、私の脳裏にはある人物がチラついた。

最初から私に試験の案内が来る事を知っていた人。

どうしよう。

嫌な予感がする。

もしかしてーー。


 と焦っているうちにザマス先生は次の説明を始めて、私は話を聞くのに必死になった。


「本試験はリファラル委員と来年度の一年生担当教諭、それから学園の幹部で構成された試験官によって行われます。では、リファラル委員長から試験の説明をしてもらいましょう」


 そう言ってザマス先生が手を叩くと、扉から大人達がぞろぞろと教室に入ってくる。

その先頭に立っているすらりとした女性を見た瞬間、私は思わず席を立ってしまった。


「やっぱりーー!?」


 黒髪黒目の目を引く美人。

それはまごうことなき瑠璃ねぇだ。

私が叫んだからザマス先生は目からビームが出そうなほど鋭い眼差しでこっちを見てきた。


「あっ、すみません」


 慌てて着席すると、瑠璃ねぇは困ったように笑っていた。

でもそれより困っているのはこっちだ。


 瑠璃ねぇは私がどれだけ魔法が下手か知ってるはずなのに。

もしかして、私をねじ込むためにリファラル制度を作ったんじゃあ!?


 青くなっている私をよそに、瑠璃ねぇは教卓の前に立って説明を始めた。


「みなさんこんにちは。リファラル委員長の三日月瑠璃です」


 委員長ってことはやっぱりその線が濃厚になってきたじゃん!?

それってまずいってーー!


「みなさんにはまずこれから五日間、ここで魔宝石作りの基礎を学んでもらいます。つまり、実際に試験を受けるのは五日後となります」


 ザマス先生とは対照的な瑠璃ねぇの柔らかい雰囲気に、教室内が少しほぐれるのを感じる。

だけど私は気が気でない。

瑠璃ねぇは説明を続けた。


「試験の内容は五日間で学んだ事を自由に表現すること。そして合格する条件はただ一つです。それは、試験官が感銘を受けるような才能を発揮できたかどうか」


 みんながよく聞いてるのを見渡して、瑠璃ねぇは少し頷く。


「ではまず、クラス分けの筆記テストを実施します」


 やばい。

どうしよう、私辞退した方がいいの?

でもーー。


 何も言い出せないまま問題用紙と鉛筆が配られる。

さすが名門校、上質な紙だ。


「制限時間は三十分です。では、はじめ!」


 教室に、一斉に紙をめくる音が響いた。


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