親友との再会(5)

「は? えっ、2万⁉」


 私から反射的に巾着を受け取ったテダが、巾着を開いたかと思えばバッとこちらを見上げる。

 金を無心しても、そこまでの大金を渡されるとは思いも寄らなかったのだろう。私が逆の立場でも、きっと同じように困惑する。

 けれど実際問題、私はここでテダに全額を渡したところで困らない。衣食住はナツハ様が別途用意して下さっている。だから、彼への罪悪感や同情以前に分け与えられる金がある。

 もっと言えば、何とも贅沢な悩みだが使いみちがわからず金を持て余していた。

 豪華な料理もナツハ様とともにいただく食事には劣るし、娼婦を買う予定も無い。娼婦の方は、家を出たときには最終手段として候補に入れていたものの、想像しただけで鎮まってしまった。そういう意味では、世話になったと言うべきか。


「俺の売買価格、ドワーフは珍しいから過去最高の2万5000ダルだって話だったのに」


 テダが再度巾着の中身を見て、呆然とした顔で呟く。

 いつも楽天的なイメージがある彼だから、こういった様子は見慣れない。それほど衝撃的だったということか。気持ちはわかるが。


「通常の奴隷でその値は確かに過去最高だと思います。相場が1万程度のはずですので」

「その過去最高の半額以上をポンと貸してくれるわけか、お前は」


 貸すどころかそのままもらってくれても問題ないのだが。しかしそれを言えば新たな問答が始まること請け合いなので、無言で頷いておく。


「あなたの主人が売買価格について口を滑らせたのは、幸いでしたね。平民の身分を買うには売買価格に5割を足した金額が必要なので、目標金額が明確になっていてよかった」

「いきなり現実味が増してきた。さすがに来月もこの金額をくれとは言わない、だからよろしく頼む」

「いえ、今月末にはもう2万渡すつもりです」

「は⁉」


 テダが巾着を取り落としそうになり、それを慌てて掴む。

 持ったままでは危ういと思ったのか、彼はそのまま自身の腰のベルトに巾着をくくり付けた。


「その2万は、前払いで給料の半額なのだそうです。今月末に残りの2万を払うと説明を受けました」

「今更だけど、ロシェスは……奴隷として買われたんだよな?」

「そのはずなのですが……」

「何で給料が出るんだ? いやそもそも自由時間て何? さっきは給料の話でうっかりスルーしたけど、何もかもがおかしくね?」

「それについても、そういう方なのだと納得するほかないというか。とにかく、信用できる方ですので、今月末にはテダの身分を買う金額と数日分の生活費を用立てられるかと思います」


 訳がわからないという顔のテダを前に、自分も似たような顔をしているのだろうなと内心苦笑する。

 倉庫前をちらと見遣れば、積まれた荷物は大分数を減らしていた。日頃のテダの手腕を知る主なら、様子を見に来ないとも限らない。この辺りで引き上げた方が良さそうだ。


「それでは私はそろそろ――っと」


 出入口を気にしながら動いたのがいけなかったのだろう。私は近くにあった木箱から出た木片に、腕を引っかけてしまった。

 慌てて刺激を感じた肘下まで、服のそでまくる。

 今、血が滲んできたということは、服には付いていないはず。布地も破れてはいなかったが、これからはもっと気を付けなくてはいけない。この服は、ナツハ様からいただいたのだから。

 そう考えながら何とはなしに木片を見て、そこであっと思い出した私はテダを振り返った。


「一瞬だったから盗難アラームの発動は無し……と。そこは安心してくれ」

「はい、不注意でした。気を付けます」


 真っ先に気に掛けたのがそこでなかったことに、少々気まずい思いをしながら返事をする。

 しかも今このときも袖がずり落ちないことに一番の注意を払っているのだから、たちが悪い。


「いいさ、何事も無かったんだし。帰ったらしっかり治療しておけよ。天才薬師様?」


 テダがからかうような口振りで言いながら、私にヒラヒラと手を振る。

 私はそれに片手を挙げて応え、今度こそ慎重に歩きながら帰路についた。

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