イケメンご用意されました!(3)

 商業ギルドの従業員全員による本気を感じる「またのお越しをお持ちしております!」の声で見送られ、私は今大きな噴水のある広場まで来ていた。


「ふふふふふ……」


 笑いが止まらん。さすが有能な鑑定士がギルド長のギルド。伝説シリーズすべてお買い上げいただけました! 下手に手元に残しておいて盗まれでもしたら、目も当てられない。本当に助かった。

 締めて5億1000万ダルなり。何だこの意味のわからない桁。笑いが止まらないけど、冷やせも止まらない。そのまま貸金庫サービスを契約して正解。持ち歩きたくない、絶対に。

 当面の生活費だけを財布(ギルド内の店で買った)に残し、そのお金で広場の屋台から野菜サンドらしきものと果物ジュースを購入。ベンチに座って人心地付いた。

 伝説装備の着替えとして選んだのは、そこそこ良いお値段のする服にした。今回のように、やはり身なりで相手を判断する人はいるだろうから。

 その等級から選ぶにあたって、一番気にしたのは色。デザインが好きでも涙を呑んで白は避けた、聖女っぽいから。逆に黒や紺というのも、これはこれで元の世界での仕事着を思わせるので却下。そんな苦悩を経て、若草色がベースの長袖ワンピースで落ち着いた。袖口と裾に入った黄色の刺繍が、シンプルだけどお洒落だ。

 足元は歩きやすいぺったんこなショートブーツ。上質な革製ということで、柔らかく履き心地が良い。その上軽いし、明るいベージュ色もワンピースと合っている。

 一定額以上の買い物なら、基本支払いに小切手を使えるというので、服と靴は練習がてら早速小切手で買ってみた。この世界では通貨は硬貨しかないらしい。まあ元の世界でも紙幣は銀行券なわけだから、一般流通しているかいないかの違いだけか。取り敢えず、大金を持ち歩かなくていいのはありがたい。


「サンドイッチもジュースも想定してた味でよかった」


 ぺろりと平らげた後で、軽食が入っていた紙袋についそんな感想を零してしまう。

 何せ異世界なものだから、パンを買ったはずなのにご飯の味がするなんて事態も起こり得る。多くの異世界もの同様、パンはパンの味がしてよかった。

 ベンチ横にあった屋台で出たゴミ専用の回収箱に、紙袋を捨てる。

 それから私は腕を組み、先程の商業ギルドであった衝撃的な遣り取りを思い返した。


「奴隷商……。本当に買っちゃう? 奴隷……」


 人を雇うにはどこへ行けばいいのかと相談した私に、グストさんは「では人を紹介しますね」くらいの感じで言ったのだ。「それなら高級奴隷商が北門の側にあります。そこで購入してはどうでしょう」、と。

 奴隷。そして購入。日本人のメンタルをゴリゴリ削ってくるワードではあったが、グストさんが勧めてきた理由を聞いて納得もした。

 この世界において高級奴隷とは、高度な秘密保持魔法を施された奴隷を指すらしい。いわく、主人の許可なしには主人とした会話の内容を他人に話せず、紙などに書くことも不可。加えて、奴隷契約が解除されるときには主人に関する記憶が一切なくなるという。

 グストさんの目には、私は秘密だらけの家業をやっている家系のお嬢様にでも見えたのだろう。全身伝説装備じゃあ、そう思われても仕方がない。


「うーん……ワードはアレだけど、私の目的には適うんだよね」


 私は、隠れみのを探している。

 聖女の能力を隠そうとしたところで、何かしら事件が起こってそこで良心のしやくに苦しんで結局バレるというのは良くある話。だったら最初から能力を使えばいい――誰かが私の代わりに。


「……うん、買おう」


 やはりどう考えても、普通に人を雇って秘密を守ってもらうには、その秘密が大きすぎる。分類的には奴隷かもしれないけど、私はぞんざいに扱うつもりはないのでセーフ。そう折り合いをつけることにする。

 私は「よしっ」と立ち上がり、高級奴隷商の店がある北門へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る