ビルの屋上は銀河  (企画期限に間に合わなかった作品です)

改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )

銀河はどこに

 ナイン。それが俺のコードネーム。

 俺は、ある組織に所属するヒットマンだ。言っておくが、悪者ではない。俺がいる部署は、違法な暗殺を企てているワル共を事前に排除する秘密任務を担当している。つまり、を始末する殺し屋だ。まあ、こちらも法的根拠を欠くわけだから、お互い様ではあるが。

 先程、メールで指令が届いた。「ビルの屋上は銀河」。まったく、相変わらず意味不明だ。遂行期限は二〇二三年九月三日二十三時五十九分。あと五日ほどあるが、俺のボスは時間に厳しい。一秒でも過ぎたら、俺の評価は下がり順位を落とされてしまうだろう。俺は一応、部署内では最強の順位にいる。ミスで降格は御免だ。台風も近づいているし、何が起こるか分からん。早めに終えておくか。

 再びメールに目を向けると、まだ続きの文が記されていた。

「この連絡は八月二十九日火曜日が終わる頃消滅します」

 スパイ映画か! まあ、いい。

 俺は残り一時間足らずで消えるらしい指令文言をしっかりと頭に焼き付けてから、仕事へと向かった。相棒のと共に。

 ひろしは犬だ。でも、ただの犬じゃない。こいつは組織で特別な訓練を受けた特別な犬だ。いろいろな意味で。ひろしとなら仕事は完璧なチームワークで完了できるし、俺のことを裏切ることも無いから、こういう危険な仕事のバディとしては申し分ない奴なのだが、ある一つの癖があって非常に困っている。今夜も何事も無ければいいのだが……。

 俺はひろしのリードを強く握って、夜の街を歩いた。

 指令には「ビルの屋上」と記されていた。ビル? どのビルだ?

 この街にビルと呼ばれる建物は無数に建っているが、屋上に自由に上がれるビルは少ない。勿論、その殺し屋が強引に上がる事も有り得るが、そうなると後々の警察の捜査で余計な証拠を採取される確率が高くなる。プロの殺し屋なら、人が自由に出入りできる屋上を選ぶはずだ。それも、多数の人が出入りする屋上を。

 周囲のビルで屋上に人が自由に出入りできるビルは四つ。屋上が展望エリアとなっている高層ビル。その隣の一流商社の本社ビルの屋上はヘリポートになっていて、災害時に人々を迅速にヘリで救助できるよう普段から解放されている。向かいの銀行ビルの屋上には、この銀行が地上げしてここにビルを建てる前にあった神社が移設されていて、地域住民は誰でも上がれるようになっている。そして、今ひろしがリードを引き千切らんばかりの力で向かおうとしているのが、高級ホテルのビルだ。屋上はプールになっていて、夜は水着姿の若い女性たちで溢れているらしい。く、この犬……なんて力だ……。紐が切れた。クラクションと急ブレーキの音が鳴り響く中を、行き交う車の間を縫うようにして、ひろしは大通りの向こうへと走っていった。そっちではないのに……。

 俺は肩を落とし溜め息を吐いた。神に助けを求めるように、夜空に顔を向ける。

「銀河か……」

 都会の夜空に銀河は浮かばない。明るすぎる街は本当の光を作られた光で隠してしまう。だから、ビルの屋上にも銀河は無い。屋上に銀河とは、いったい、どういう意味なんだ?

 俺は強く頭を掻いた。

 いや、待て。指令の発布から期限まで五日以上もあるなんて、変だ。ターゲットが屋上から狙撃する計画なら、そいつの暗殺指示は即日実施の指示が出るだろう。屋上で何者かを殺害する計画だとしても、その時間は指定されるはず。今回、ターゲットはで実行する予定だということか。予定が定まっていない、ということは……まさか、そいつのターゲットは一般人、しかも、無差別! ということは、その場所は……。

「待てえ! コラあ、エロ犬う!」

 ホテルのポーターが叫びながら駆けてくる。その前を走る白い犬。ひろしだ。奴は何枚もの女性用水着を咥えていた。


 翌日の午前、俺達は古いビルの屋上にいた。ここは老舗デパートの屋上。今時、屋上がミニ遊園地になっているデパートは時代遅れらしく、近々に閉店と取り壊しが噂されているビルだ。炎天下のステージ上では銀色のバトルスーツに身を包んだ宇宙刑事ジャビンが宇宙ギャングと戦っている。ステージの前では大勢の子供たちが瞳をキラキラと輝かせて観戦していた。日光と熱気と興奮で玉のように浮かんだ汗も光を返して輝いている。観客席は小さな星であふれていた。

「屋上の銀河か……」

 俺は片笑んで、そう呟いた。そして素早く周囲を観察する。ステージの裏手にスパンコールのドレス姿の女が一人。その近くにラメ入り生地のスーツを着た男が一人。観客席の手前に星柄の短パンを穿いた筋肉質な男が一人。その反対側に黒帽にサングラスとマスクをして「爆弾」と書かれた紙袋を抱えている男が一人。さて、殺し屋は誰か……。

「くうぅん」

 ひろしも火薬の臭いを嗅ぎつけたようだ。俺は消音器サイレンサー付き拳銃の安全装置をポケットの中で解除した。

 俺とひろしは銀河を渡り、紙袋の男の方へと歩いていった。

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ビルの屋上は銀河  (企画期限に間に合わなかった作品です) 改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 ) @Hiroshi-Yodokawa

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