第4話 鉄を掘り当てたと思ったらケツだったんだが?

 ダンジョンの最奥で、まさかのケツが掘れた。

 見まごう事なき人のケツだ。ああきっと間違い無い。

 すこし小ぶりでつるっつるだが、この双丘はまぎれもなく人のものなんだ。


 そう信じたい。


「だ、だけどなぜ岩の中にケツが……?」


 ただ、どうして、どうやって埋まっているのかはわからない。

 それにマトックで全力でブッ叩いたのに傷らしいものは見えないし。

 見るからに柔らかそうなのに不思議な話である。


 よ、よし、それなら触ってみるか……?

 だ、だがそれは犯罪なのでは……?


 ――いや! これは決して卑猥な事ではないッ!

 この埋まったケツが一体何者なのかを確かめる大事な儀式なんだッ!


 そう、これは儀式だ! 俺に課せられた、採掘士として必要なッ!


『おーい、一人で妄想しとらんで早く掘ってほしいのら~』

「えッ!?」


 おかしいな、今なんか声が聞こえてきた気がする。

 ううん、ケツが掘れた時点で頭がおかしくなったのはわかりきっている事さ。

 これはきっと幻聴なんだ。そうに違いない。


『勝手に一人で補完するでない! ええからさっさと掘らんか!』


 って、ええっ!?

 マジで声聞こえてるのかこれ!?

 じゃあどうすればいいんだ!?


「掘るって!? ケツを!?」

『ちっがぁ~うっ! わらわを掘り出せと言うとるのら! はよせんかーっ!』


 なんだそういう事か、危ない危ない。

 もう少しで危うく禁忌を犯す所だったぞ。


 声の主もなんだか偉そうで気も乗らないが、この際だから仕方がない。

 人が埋まっているのに放っておく訳にもいかないしな。


 そこで俺はマトックの先端を探して手に取り、ケツ周辺をガツガツと掘り始めた。

 ほぼ手作業みたいなものだからキツいが、躊躇している暇はない。


 とはいえケツ付近の岩は非常にもろく、叩いただけで割れて砕け落ちていく。

 これなら比較的早く掘り出せそうだ。


『よいぞぉ、そこなのらぁん!』

「あまり気を散らすような声出さないでくれません!?」


 そうして掘り続けると、ようやく人の下半身らしきものが出てきた。

 大人と比べると非常に小柄だし、ケツの正体は子どもだろうか。

 さすがにそんな趣味はないのでまったく惹かれないが。


『よし、今なら引き抜けそうなのら! わらわの豊満なバストが邪魔しない限りっ!』

「それじゃあ抜きますよっと。ヘイッ!」


 なので遠慮なく腰を取り、スポッと引き抜いてあげた。

 まったく抵抗が無かったので問題無かったな。


 こうして引き抜かれたのは、本当にごく普通の少女だった。

 周囲が暗くて詳細まではわからないが、別に獣人とかではなさそうだ。


 あとは足先まで伸びた長い水色の髪に、透き通るような白い肌。

 輝晶石の光だけで確認できるのはこれくらいか。


 おや、髪の束がなんか浮いて揺らめいているようにも見えるな。

 随分とまぁエアリーな髪質ですこと。


「いやー助かったのら! わらわに気付いてくれて嬉しい限りなのら、ハハハハ!」

「あの眩しさで気付かない訳がないしな」


 それで何をするかと思ったら、恥ずかしげもなく全裸で大笑いときたか。

 少しは羞恥心というものを知って欲しい。


 そんな訳で埃払い用の上着を脱いで少女へと渡す。


「せめてそれで体くらい隠してから笑え。汗臭いのは許せよ」

「ふむ、そうであったな。人の世は相変わらず面倒な習慣を残しておるものよ」


 すると少女はいぶかしげに首を傾けるものの、ちゃんと受け取って着てくれた。

 体格差のおかげで裾が腰部もしっかりと隠してくれている。よしよし。


「まぁ臭くはあるが嫌いな匂いではないのら」

「お、おう……」


 でもなんか澄んだ笑顔で香りを嗅いでいるんだが?


 なんだか一言一行が心に触れてくるかのようだ。

 仕草も少女っぽく、純粋な意味で可愛らしいし。

 たとえるなら妙な色っぽさと可愛さが混じり合ったような感じだろうか。


「そう思うのも無理はない。なにせわらわはそなたの心にも直接語りかけておるからのう。それにしたって可愛い可愛いを連呼し過ぎなのら。そんな言うたら惚れてしまうぞよ? くっふふふっ!」

「心に語り掛けて……!? っつか、俺の心を読んでいるのか!?」

「さよう。なにせわらわは神らからのう」

「え、神……?」


 でも何を言っているんだこの子は?

 自分を神だって? いくらなんでもそれは飛躍し過ぎじゃないか?


 いや、しかし心を読んでいるのは間違い無い。

 ならこの子は一体……?


「おぉ~そういえば自己紹介がまだであったのう。わらわは〝迷宮神ウーティリス〟。数千年もの間ずぅ~~~っと埋められていた古よりの神の一人なのら」

「すうせんねん……!?」

「ウン、たぶんそれくらーい」

「ざっくり過ぎる!」


 ……この子は嘘を言っていない気がする。

 そもそも、普通の人が岩の中に埋まったまま生きられる訳もないし。

 それにここはダンジョンの最奥だから子どもが入って来れる訳もないんだ。


 そのはずなのに、現実として受け入れがたい。

 神なんて本当に存在するのか、と。


 こう思っていたらウーティリスがぷくぅと頬を膨らませていた。

 どうやら俺の思考が気に食わなかったらしい。


「まったくもぅ~疑い深い奴なのら。そこまで疑うならばわらわの力を見せてやろう!」


 な、なんだ!?

 ウーティリスの奴、両手をかざして何をする気だ!?


 うっ、光だ! 紫色の光が集まってきている!?


「わらわを掘り出してくれた礼じゃ、受け取るがいいっ!」

「うおおおーーーっ!!?」


 そうして集められた光が塊となり、ウーティリスによって放り投げられる。

 こともあろうか俺へと向けて勢いよく!


 そんな光がついには俺に打ち当たり、爆光。


 ――だが俺自身には何も起きていない。

 それどころか、つい庇った腕を退けると「シシシ」と笑うウーティリスがいて。


「そなたにわらわの加護である〝スキル〟を授けてやった! ありがた~く思うがよいぞ!」

「す、すきる……? それって一体……?」


 なんなんだ、スキルって? 加護って?

 な、何か変な呪いでもかけられたのか???

 

 でもまったく実感がないぞ……?


「むむ? そなた、スキルの事を知らんのか?」

「え、ああ、初めて聞いたけど?」

「なんと! まったく、他の神は一体何をしておるのかぁ~!」


 ウーティリスはなんか勝手に地団駄を踏み始めたし。

 何一人でキレているんだろうか。


 それに「他の神」だって? どういう事だ?

 この世界に知られているのは〝唯一創世神ディマーユ〟だけなんだが。


 この子の言っているのは本当によくわからない事だらけだ。

 数千年も埋まっていたなら、時代観が違うのは仕方のない事だとは思うがね。

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