第五話 胸騒ぎ

 案内された村は、焚火をしていた場所からさほど遠くない場所にあった。


 ファングハンマーはセレナからの提案もあって、村人たちの食料にしてもらうことにした。

 数名の男手を募り、みんなでファングハンマーの肉を村まで運ぶ。

 村の中心の開けた場所にファングハンマーの死体を置くと、村人たちが集まってきた。


「こいつは驚いた。畑は荒らすわ小屋は壊すわで、こいつには俺たちも苦労してたんだよ」

「すげぇ! でっけぇな」

「これだけ肉がありゃ、食料には当分困らんな」


 お祭りでも始まるような勢いで、村人たちがはしゃいでいる。


「あんたが倒したんだって? 見かけによらず、強いんだな兄ちゃん」


 村で青果店を営んでいるというおじさんがそう言って、俺の肩をバシバシ叩いた。


「レイさん、もうすっかり村の英雄ですね」


 嬉しそうに、セレナが俺の腕をつついてくる。


 肉の量が多いので、全てを買い取るほど村にお金の余裕はないと言われたが、そもそも俺は売りつけようなんて思っていない。

 そのことを伝えたものの、そうはいかないと言われた。

 そして、払える分のお金と持って歩ける分の食料を手渡された。

 いい人たちだなぁ。


「ついでに干し肉にするから、あんたも持っていけ。冒険者なら、保存のきく食料が必要だろ」

「ありがとうございます。助かります」


 村の肉屋に頭を下げる。

 その様子を見ていた青果店のおじさんが、怪訝そうな顔で近づいてきた。


「しかしあんた。どうにもしけたツラしてるじゃねえか。何があったか知らねえが、これでも食って元気出しな」


 おじさんはそう言って、リンゴを手渡してくれた。


「あら、本当ですね。確かに、元気ないみたいです」

「そんなことないよ」


 セレナにまで心配されて否定したが、内心では気が沈んでいた。

 勇者パーティーから追放されて、すでに破滅フラグが立ってしまったかもしれないのだ。

 そう思うと、どうしても不安になる。


「そうだ! そのリンゴで、お父さんにアップルパイを作ってもらいましょう。おいしいデザートを食べれば、レイさんも元気になりますから」


 両手でパンッと手を叩いてから、セレナは俺の手をとって走り出した。


 手を引かれるまま走ってたどり着いたのは、一軒の宿屋だった。

 ノックすることもなくセレナがドアを開けて、俺を中へと引っ張っていく。


「お父さん、お客さんだよ」


 セレナが叫ぶと、部屋の奥から髭を蓄えた筋肉質の男が姿を現した。

 どうやらこの男が彼女の父らしい。

 人懐っこい娘の態度とは対照的で、明らかに俺を警戒している様子だ。


 森で出会った経緯をセレナが語ると、彼は空き部屋へと案内してくれた。

 そのあと、アップルパイもごちそうになった。

 残念ながらこころよくといった感じではなく、常に不愛想な表情は崩さなかったけれど。

 この人、客商売はあんまり向いてないんじゃないかな。

 とにかく今日はこの宿で一泊して、明日には旅立とう。


 * * *


 次の日の朝。

 宿の広間へ行くと、セレナの父が三人分の朝食を用意してくれていた。


「あ! レイさん、おはようございます。早く座ってください。朝ごはんの時間ですよ」


 セレナは朝から食欲旺盛なご様子だ。

 俺もセレナとその父に挨拶をしてから、椅子に座る。


 相変わらず父のほうは無言で、愛想がない。

 今日で出ていくわけだし、まあいいんだけど。


「ねえ、レイさんは剣士なんですか? それとも魔術師?」

「一応、両方かな」

「すごい、すごいです! ちょっとだけでいいですから、魔法を見てみたいです」


 そう言われて焦ってしまった。

 闇属性の魔法なんて見せた日には、宿から追い出されるかもしれない。

 どうやって断ろうか。

 そう思っていたとき、セレナの父が口を開いた。


「魔法は子供の遊び道具じゃない。むやみに使ったり、ましてや見せびらかすもんじゃないんだ。いつも言っているだろ」


 怒鳴りつけるわけじゃないが、低いトーンで淡々と注意されるのも、なかなか怖いな。


「別にいいじゃん、お父さんのケチ! お父さんって、昔から私に魔法を使わせないんですよ。私、たぶん魔法の才能あると思うんだけどな」


 今のセレナの言葉が、なぜか俺を不安にさせた。

 ゲームのストーリーに関わる重大な何かを、思い出しかけた気がするんだが。なんだっけ。


 確かに俺はエピックファンタジアの世界にいる。

 前世で一度、クリアもした。

 だけどこの世界にきて十六年も経っているわけで、細かい部分は忘れているところも結構あるんだよな。


「ねえ、レイさん。いつ旅立つんですか?」

「え? そ、そうだな」


 一応、今日にも旅立つつもりだったんだけど。

 このまま出ていっていいのか、どうも不安だ。


 確か勇者パーティーは試練の洞窟へ行き、そこにある伝説の剣を手に入れるんだ。それは覚えている。

 そのあとセレナと出会って共に冒険をするんだけど、この辺の記憶があいまいだった。


「色々と準備もあるし、村を出るのは明日にしたいかな。できればの話だけど」


 本当はユウダイたちと遭遇するまえに早く村を出たかったが、先ほど感じた不安の正体が気になった。


「もちろん! なんだったら、もうしばらくうちにいてもいいんですよ。ね、お父さん!」


 セレナは当然のような口ぶりでそう言ってくれるけど、父のほうはあんまり気乗りしていない顔だ。


 でも、やはりあと一日はこの村に滞在しよう。

 このまま村を出ていくのは、まずい気がする。


 なんにしてもストーリーの序盤に何が起きたか、それを思い出さなきゃ。


* * *


 昼はセレナに村を案内してもらったり、約束の干し肉をもらったりして過ごした。


 とてものどかで平和な村だけど、何かが妙だ。

 ストーリーの中で、こんな村が出てきただろうか。


 しかも聖女セレナがいる村なのに、なぜこの村に見覚えがないのだろう。

 何かを思い出しそうなのに、じれったい。


 大事な設定やシーンは、結構覚えているつもりなんだけどな。

 思い出せないってことは、俺が感じた不安もそれほど重要じゃないのかもしれない。


 いや、まてまて。ちゃんと思い出そう。


 確か勇者たちは試練の洞窟をクリアした帰りの道中で、森の中に入る。そしてセレナに会うんだ。


 どういう出会いだったか……。


 それだ! 出会い方だ!

 思い出した!

 まずい、もうすぐ夕方になる。


「セレナ! 早く村から逃げろ!」

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