第二十話:貪汚なる者Ⅱ

 水の斬撃が樹々を薙ぎ倒し、針のように鋭利な飛沫が地面を穿ち、巨大な波が多くの【魔物】を飲み込んでいく。

 積極的に【権能】を行使してニオイを濃くしている甲斐あってか、水の【魔物】もその他の【魔物】もすっかり怒り心頭の興奮状態となっており、半狂乱で俺へと襲い掛かってきている。

 無論、何十体といる敵に対して万全の状態を維持したまま戦い続けられるはずもなく、致命傷となりそうなモノは何とか回避しているものの、俺の身体は全身のアチコチに無数の傷が出来ていた。

 血の流しすぎか、はたまた飲んでおいた強壮剤の効果が切れ始めているのか、身体が怠く重く、頭もクラクラしている。

 結局、馬車でもほとんど寝付けなかったし、丸二日寝てないような状態でのこの乱闘だもんな……。


 最早、互いに武力をぶつけ合うようなおよそ戦闘と呼べる現状ではなく、俺はあの手この手で【魔物】共を挑発しながら、懸命に飽和攻撃から逃げ続けている状態だった。

 ――たった今、水の【魔物】の身体に接続されていた太く長く大きなうねる水柱が一本消え、いよいよ、残る水柱が一本となった。

 ちなみに、俺の方でも水柱を切断できないかを試してみはしたのだが、水の流れが速すぎるあまり、振るった蛇腹剣が触れた瞬間に粉々になってしまい、対処は早々に諦めた。

 たとえ武具の硬度が十分にあったとしても、あの水圧に対抗して武具を振り切れるほどの腕力は持ち合わせていないため、俺がどうこうするのは不可能だと判断した。


「だぁから、オマエの相手は俺……だぁっての!!」


 自身の生命線となるであろうへその緒を一本失い、恐らくは青髪の女たちがいると思われる方角へ身体を向ける水の【魔物】であったが、大剣と雷撃の弾丸によって前脚二本を失って体勢が崩れる。

 超重量の大剣を左手一本で勢いよく振るったおかげで肩から嫌な音が鳴ったものの、拳銃を手放した右手で無理やり骨を嵌めなおす。

 その瞬間、左右から先端が鎌のような刃になっている触手が首に狙いを定めて襲い掛かってきた。

 後方に大きく仰け反って回避し、互いにぶつかり合った刃の触手を蹴り飛ばしながら後方転回して素早くその場から離れる。

 少しでも動きを止めれば、たちまち【魔物】に群がられて俺の命は即座に終わるだろう。

 開きっぱなしの口から洩れる唾液を腕で拭い、一度だけ大きく深呼吸。

 そしてすぐさま大盾を取り出して全身を隠せば、直後に弾丸のごとく無数に射出された水の塊が盾へと被弾する。

 あまりの衝撃に倒れ込みそうになるも、片膝をついて両手でもって盾を支えることで何とか事なきを得た。

 そんな俺の周囲では、数多の【魔物】どもが逃げる間もなく、降り注ぐ水の弾に身体のどこかしらを撃ち抜かれて絶命していく。

 たかだか水が、生物の頭蓋骨をああも容易に粉砕するとは。

 まるで大槌で叩き潰されたかのようにして、肉塊を飛び散らせながら死んだ眼前の【魔物】を目にして、俺は思わず息を呑んだ。

 殺意が目に見えて増しているんだが、ちょっと過剰に煽りすぎただろうか。つってもそんなに大したコトをしたつもりはないんだが……。

 …………うーん。確かに俺も、汚い野良犬に目の前をチョロチョロ動かれて、ことあるごとに行動を阻害されて、クッセェクソをやたらとされたらキレるかもしれない。

 俺は野良犬じゃないし汚くもないし、神の【権能】を犬のクソに例えるのはバチ当たりもいいところなんだろうが、簡単に例えるならそれが一番しっくりくる。

 つーか、俺たちグラウスの一族からしてみれば、一方的に押し付けられたこの【権能】はもっとタチの悪い最悪のシロモノであり、そう考えれば畜生のクソなんぞまだカワイイモンだ。

 この【権能】を毛嫌いしているという点においてだけいえば、【魔物】とはほんの少しだけ気が合うかもしれ――――いややっぱ無理だわ、世界の敵と気が合うとかありえない話だった。


「■■■――――――ッッッッ」


 水弾の乱射が止むと同時にすぐさま盾を仕舞って移動再開すれば、俺を狙って爪から放たれた水の刃が次々と飛来してくる。

 水の刃が迫り来る最中に【魔物】が群がる場所へと逃げ込めば、面白いぐらい簡単に【魔物】の身体が切り刻まれていくのだ。

 他人事のように表現しているが、一発でもコレを食らえば俺も同様の末路を迎えることになるだろう。

 魔術具であった外套も、最低限身に着けていた防具の類ももはやなく、身にまとっているものはただの布切れと化しつつ衣服のみであるため、たった一度でもまともに攻撃を食らえば死に直結しかねない。

 とはいってもまぁ、当たらなければどうというコトはない。

 怒りと殺意に比例して攻撃はどんどん激化していくものの、が大きくわかりやすいという点は最初から変わらないので、なんとか大きな負傷は避けることが出来ている。

 まぁ、あの大津波が来てしまえば、回避も防御もできないのでわかりやすいもクソもないのだが……その様子が見られないところを鑑みるに、地下水脈と接続している水柱が封じられていることで消費できる水も限られてきたというコトなのだろう。

 先程から、広範囲への一斉攻撃を行う頻度が減っていることがその証左だ。

 水の刃による連撃がおさまった頃を見計らい、群れに突っ込んだついでに、周囲一帯の【魔物】を両刃の戦斧でもって真っ二つに両断していく。

 今の一瞬でかなりの雑魚が一掃されたはずなのだが、山から降りてくる【魔物】の数はまだまだ減っている様子がない。


「ホンットにキリがねぇな……」


 ボソリと呟いたその直後、背丈が子供程度の全身が剥げたサルのような姿をした【魔物】の一体が、手に持つ粗悪極まりない石槍でもって背後から俺の脇腹を刺突する。

 それに続いて、同じ種類の【魔物】が次々と槍の切っ先を俺へと突き出した。

 いずれの刺突も、人の身体を貫くには腕力と鋭利さの両方が足りず、肉を軽くえぐる程度の傷しか与えられていない。


「……っ、しゃらくせぇ!」


 横一文字に戦斧を勢いよく振るい、石槍を握る【魔物】の首を一斉に刎ねれば、真っ赤な血飛沫を天へと吹き出しながら身体が崩れ落ちた。

 俺も同じようにして膝をつきそうになるが、戦斧を杖代わりにすることで何とか持ちこたえる。

 ――あと少しだ。あと一本で突破口が開ける。

 オオカミの【魔物】が吐き出す炎の息を物ともせず、開いている口へ右手で召喚した剣を突き刺すと、そのまま左手で握った戦斧を振り下ろして胴体を両断する。

 植物型の【魔物】が操る蔓の猛攻をかいくぐって胴体を真横から大槌でもってぶん殴り、近くにいた【魔物】へとぶつけると、飛び散った酸が下敷きになっている【魔物】の身体をドロドロに溶かしていく。

 水の【魔物】へと雷を帯びた弾丸を数発放ち、攻撃を誘発させて周囲一帯の【魔物】を巻き込む。

 鋭利な先端が肩を貫き、捨て身の突進が肋骨を砕き、水の針が全身に突き刺さり、鎌のような触手が皮膚を裂き、炎が身に着けていた服を燃やす。

 正直言って、ちょっと泣きそうなぐらい全身が痛い。

 受けた傷はもちろんのコト、本来の用途から逸脱した武具の使用方法を用いているせいか、全身の骨や筋肉が悲鳴を上げているのだ。


「――――おぉぉぉおおらぁぁあああッッッ!!!」


 両手で握った飛去来器を思い切りぶん投げれば、一か所に群がっていた植物型の【魔物】が揃って切断されていく。

 そして角度をつけて上昇していく飛去来器のさらに行く先には、ゆらりと僅かに揺れる水の【魔物】の長く大きな尾が垂れており、飛来した巨大な刃はその尾を根元から切断した。

 それと同じくして――――


「■■■■――――――――ッ!?」

「おっ――しゃぁあああああ!!」


 とうとうついに、最後の一本であった水柱が姿を消したのだった。

 ……思わず大声をあげてしまったが、状況としてはようやっと第一関門突破といったところであり、むしろここからが本番といったところだろうか。

 このまま【魔人】たちが合流するのをこの場で待ちながら、出来得る限り雑魚の処理に努めなければならない。

 とはいっても、だ。あれほど大技を連発していた水の【魔物】も、地下水脈との接続が完全に断たれた以上は、文字通りの身を削る攻撃は繰り出すことが出来ないと見た。

 であれば、合流までの数える程度の時間など、大したコトはない。

 水の【魔物】による悲痛な咆哮を聞いた他の【魔物】が一瞬だけ動きを止めたスキを見計らい、持参していた残りの回復薬を全て使って全身に浴びせる。

 そうすることで、ボウっと全身の傷が熱を帯び、ジクジクとした滲むような痛みが鳴りを潜めていく。

 濡れた髪をかきあげるのと同時、咆哮が止み、水の【魔物】を含む周囲の【魔物】すべての目の色が明らかに変化した。

 明確な殺意を帯びた視線が四方八方から向けられる。

 もしその意識の変化が、これから本気を出すっていう意味なのだとしたら、随分と今更な話だと思うんだが。


「開拓者様――!」


 無銘の長剣を握りなおしたところで、不意に背後から聞きなれない声でもって呼びかけられた気がした。

 視線はそのままに意識を後ろへ向けて耳を澄ますと、荒れた呼吸と共にこちらへと近づいてくる人の足音が一つ。

 仲間のいずれの声でもないとしたら、残るは一人しかいない。この場から離れた場所で待機しているはずのあの商人だ。

 何故この場に、どうやってココへ、なんで【魔物】に襲われていない――様々な疑問が脳内に浮上し、集中が乱される。


「開拓者様、かい、たくしゃさま……!」


 息も絶え絶えに身体を大きく揺らしながら走るその老人は、誰の目から見ても明らかに弱そうな人の姿だ。

 この場所からあの商人が隠れ潜んでいた場所までは、それなりの距離があるはずだ。

 本来であれば【魔物】が真っ先に襲い掛かるような格好の得物だというのに、周囲の【魔物】共は何故か商人の姿を見ても襲う気配がない。


「テメェ、なんでココにいんだ!?」


 ようやく辿り着いたといわんばかりに俺のすぐそばで足を止め、膝に手をつきながら激しく肩で呼吸する商人。

 いつ襲われても対処ができるようにと警戒は怠らないが、それでも意識は場違いな存在へと向けられてしまう。

 チラリと横目で見やる。

 やはり、衣服が破れている様子もなければ血痕が付着している風でもなく、外傷の類は一切見受けられない――が、ふと目に付いた手元に何やら瓶のようなモノが見えた気がした。

 透明な硝子瓶の中に入っているのは、液体だろうか。ドコかで見たコトがある気がする。

 と、ようやっと息が整ったらしい商人が唐突に、縋り付くようにして俺の腰を思い切り掴んだ。


「かいたくしゃ、さま! かいたくしゃさま……!!」


 鼻息が荒いのは、おそらく激しい運動のせいではないだろう。


「見てわかんねぇのか、今取り込み中だ!」


 俺を掴むその手は老人の小さな体からは想像もつかない程に強く、開拓者組合ギルドにて青髪の女と言い争った際に赤髪の男が肩を掴んだ瞬間を連想させた。

 これでも俺はそれなりに鍛えてる方であり、自己強化の【魔法】を用いない純粋な力比べでは一般人には負けない自負がある。

 そんな俺が、こんなちっさい老いぼれ一人すら引きはがすことが出来ず、押し倒されようとしていた。

 頭の中で警鐘が鳴り響き、とてつもなく嫌な悪寒が全身を駆け巡る。

 ……明らかに様子がおかしい。


「こち、こちらを…………! わたしがと、とりあつか、とりあつかっております、とくせいのかいふくやくでござ、ごございます!!」


 ずいっと眼前へと差し出されたのは、例の小瓶。

 こちらを見据えるその眼は眼球が飛び出しそうなほどにかっ開いており、異常なまでの言葉の詰まり具合と合わさって、極めて不気味だ。

 さらに不気味さに拍車をかけているのが、この無防備な状況下で【魔物】が一体たりとて襲い掛かってこないのである。

 原因は間違いなく、この老いぼれとみて間違いないだろう。

 本来であれば問答無用で縛りあげて担ぎあげて、それでもって適当な安全地帯を探してブチ転がしておくべきなのだろうが……いかに異常な状況であれど、戦闘を行うこともなく時間を稼ぐことが出来ているこの状態は、俺にとって非常に都合いい。

 正直にいって体力の限界なんてとっくに超えていたし、今でも気を抜けばすぐに眠ってしまいそうになる。

 何もかも分からないコトだらけの現状だが、その点においてだけは内心でホッとしていた。

 そのせいだろうか。


「なっ…………!?」


 いや、油断していたつもりは毛頭ない。

 だったら、機能していない嗅覚のせいだろうか。


「さぁ、さああぁぁぁぁあ!」


 それはありえるかもしれない。

 あれほど強烈なニオイの中でも確かに主張していたあの薬品と、この老いぼれが今手に持っているモノとが、簡単に結びつくがはずがないだろう。

 第一、アレは赤髪の男が回収して自分の荷物へと突っ込んでいたはずだ。


「――ゴハッ、カハッ! テんメェ…………!!」

「ア――――ハァ、これで私は! !! すべてが手に入る……!!」


 剛力でもって押し倒され、言葉を発しようと開いた口へと腕ごと小瓶を突っ込まれる。

 栓を抜かれていた小瓶からは生ぬるい液体がどろりと零れ落ち、喉を伝って体内へと流れ込んでいく。

 慌てて老害を突き飛ばして吐き出そうと喉へ手を当てるも、それよりも先に全身を蝕んでいた怠さが何倍にも膨れ上がった。

 瞼が重く、意識が掠れゆく。

 普通であればはそれほどの即効性はないはずだ。

 強壮剤で身体に鞭を打っていた反動がココへきて現れるとは。


「貴方の持つ魔装も、彼女たちの持つ食料も! すべて――すべてぇ、私がっ!!」


 かすれゆく意識の中で、高らかに叫ぶ老害の声が聞こえた。

 ここから生きて出られる算段なんて、一介の商人でしかないヤロウにあるはずがないというのに、なんとも欲深い発言だことで。

 そういえばコイツは、自分の欲望のために過去に何度か開拓者を手にかけていたんだっけか。

 罪の源――罪種とはよくいったモンだ。


「――ル、カイル!!」


 はるか遠くから聞こえてくる俺を呼ぶ声を最後に、俺の意識は完全に闇の中へと落ちていった。

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