異世界の島生活

西順

異世界の島生活

 この世は真っ暗だ。比喩ではなく現実である。


 俺は地球から異世界へ転移してきた平凡な高校生。転移してきた理由は、姉に悪魔召喚の儀式の生贄として捧げられたからだ。


 てっきり死ぬものかと思っていたら、異世界に転移させられると言う事態に、俺も戸惑っている。まあ、天国や地獄に行くよりは幾分マシかと思っていたが、俺が転移してきた島は、真っ暗な島だった。


 別に島民に虐げられて、奴隷のように扱われている訳ではない。空を見上げても四六時中夜なのだ。つまり朝も昼も夕も無く、この島には夜しかないのだ。しかも月も星も無い。そのせいか、島民は皆して暗い顔をしている。


 島民に何故この島は夜しかないのか尋ねても、何とも言えない表情ではぐらかされるばかり。嫌なら島から出ていけば良い話なのだが、島の周りを囲む海は酸の海で、生物の住めない海だ。海がどこまで続いているのか分からないので、生物の住めない海を渡るのは、勇敢ではなく蛮行だろう。


 グラグラグラ……。


 今日も地震で島が揺れる。島の揺れが収まると、島民は海岸へと向かう。不思議な事に生物が住めない海から、島に残骸が流れ着くからだ。それは時に家屋の破片であったり、時に獣に襲われたのであろう家畜の死体であったり、時に見た事もない魔獣と呼ばれるものの死体であったり、時に人間の死体である場合もある。島民はその残骸を有効活用して生活している。


 流れ着いた柱やレンガで家を造り、余りは松明に。家畜や魔獣の死体を漁って可食部を食べて飢えを凌ぐ。そうしなければ生きていけない。人が生きていけるギリギリの世界。それがこの島だ。人間の死体を埋めるだけの土地は無いので、人間の死体には酸の海に沈んで貰う。


 グラグラグラ……、グラグラグラ……。


 今日は良く揺れる。こんな日は実入りが多い。が、島民は不安な顔をしていた。何かあるのか? と尋ねる前にそれは起こった。


「グエエエッ!!」


 空より鳴き声が降ってきたのだ。何事か!? と松明で空をかざすと、空には人の何倍もあろうかと言う大鳥が舞っていた。


「やはりこうなったか!」


 どうやら島民はこの事を危惧していたらしい。確かにあのような大鳥と対峙するなど、俺からしたら想定外だ。尖った嘴に鋭い爪。およそ人間が勝てる生き物とは思えない。


「グエエエッ!!」


 大声で鳴く大鳥に、島民総出で弓矢や投槍を持ち出し、それを構える。


「グエエエッ!!」


 そんな島民たちの姿を確認した大鳥は、これを敵対行動と認識したのだろう、上空から急降下してくる。これに対して弓矢や投槍で応戦する島民たちだったが、それらは外れるか、当たってもその羽毛に弾かれてしまう。なんて鳥だ。これが魔獣か。


 俺が恐れおののいている間も、島民は大鳥たちと戦い続けていた。それはそうだろう。あれが一羽いるだけで、島民たちは安心して島で生活出来ないのだから。あれは倒しておかねばならない相手だ。


 いや、そうじゃない。と俺は自分の腹をさすった。すればこんな時だと言うのに、ぐぅぅぅと腹の虫が鳴る。あれだけデカい鳥なのだ。可食部も多いだろう。しかし今ここで戦いに参加しなければ、俺の取り分は無しだ。それを俺は許せない。あのご馳走を、俺も食べたい。


 そう考えが変換されれば、不思議と心の奥底から勇気が湧いてくるもので、しかし俺は武器など持っていないので、近くに落ちていたレンガを持つと、それを勢い良く大鳥に向かって投げ付けた。


 ドンッ!


 不思議と俺の攻撃は大鳥にクリーンヒットし、あれだけ頑丈な大鳥が「グェ」と悲鳴を上げる。しかしそれで落ちてくる大鳥ではなく、それどころか俺の方が敵認定されたらしく、俺に向かって飛んでくる大鳥。


「おい!」


 横から声を掛けられ振り向くと、島民の一人が自分の槍を俺に渡してきた。これで倒せと言う事なのだろう。やってやろうじゃないか!


 俺は襲い来る大鳥に対して投槍を構え、それを力いっぱい投げ付けた。すれば投槍は大鳥目掛けて一直線に飛んでいき、大鳥の身体に突き刺さったかと思ったら、それを突き抜け、島の外まで飛んでいった。


 流石の大鳥もこれに耐えられる訳もなく、大鳥は俺の眼前で落下して、絶命したのだった。


 その日は島民総出の大宴会となった。新鮮な肉に大喜びし、皆で腹が膨れる程食べまくっても、まだ肉は余っていた。これは燻製にして保存だな。などと考えていると、俺に槍を渡してきた島民が絡んできた。


「お前凄いな! あんな剛力を持っているなら、もっと早く教えろよ」


「俺だって今日知ったんだよ。この島に来てから、皆暗い顔して、何も答えてくれないんだもんよ」


「そうか。それは悪かったな。俺たちも日々の暮らしに一杯いっぱいだったからよ」


「気にするなよ。これからはこの剛力を使って、俺もこの島に貢献するよ。今ならドラゴンだって倒せそうだぜ!」


 俺がそう宣言した瞬間、島民の動きが、いや、時が止まった。


「そう言やあ、お前、異世界から来たとか、変な事言っていたもんな。この島に流れ着いた経緯を覚えていなくても仕方ないか」


 島民から同情の視線が俺に集まる。なんだこの雰囲気。そう思っていると、槍を渡してきた男が、俺の両肩をガシッと掴んで真剣な目で俺を見詰める。


「あのな、俺たちがいるこの島こそが、そのドラゴンの腹の中なんだよ」


 は? 俺たちがいる島が? つまりこの島はドラゴンの胃の中に浮いているのか? じゃあ、あの酸の海はドラゴンの胃液?


 俺を囲う島民を見回しても、皆が可哀想なものを見るように俺を見ている。どうやら男の言葉に嘘はないようだ。何て事だ。俺は異世界ってものをまだ甘く見ていたようだ。

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