第12話 ★真夜中の舞踏会II

 輸送コンテナが密集する貨物置き場。見張り役から断末魔が上がり数秒が経った。


 騒ぎを聞きつけた照明ライトの光に向かってシグネットは疾風はやての如く駆ける。


「あたしが突っ込むから援護サポートをお願い!」


 吹き抜ける一陣の風。その速度は以前の時とは桁違いの瞬足だった。


 コンマ数秒の単位で状況が変わる戦闘面において速度スピードは最大の武器と言っても過言ではない。


 鈍間のろまは格好の的。私はこの数年間で嫌というほどそれを思い知らされた。


五龍ウーロンられた!? おい、誰か応援呼んでこい!」

「お前、どこのもんだ!? こんなことしてタダで済むと思ってんのか!? ああ!?」

「止まれやクソアマ! この銃が目に入ってな──」


 敵の三人のうちの、一番手前に位置する一人を相手にシグネットが容赦のない前蹴りを放つ。


「ゲボァッ!」


 シグネットのいている軍用コンバットブーツが腹部にめり込み、崩れ落ちた男の口からビチャリ、と赤黒い吐血が吹き出す。

 蹴りの反動で男が持っていたライトが地面に転がり光が血に塗れた地面をライトアップする。


 察するに、あの蹴りの鋭さからして骨折と内臓破裂は避けられないだろう。


 骨が臓器に刺さればそう長くは持たない。あれは間違いなく致命傷の一撃だ。


 開幕数秒で敵の二人が死亡。あまりにも早すぎる展開だった。


「クソが! どこに行った!?」

「出てこいや! オラッ!」


 照明ライトを失い闇に紛れたシグネットを目で捉えられない二人組は、何を考えているのか見当違いの方向に向かって銃を発砲する。


 ──あのレベルが相手なら援護は不要かな。


 暗視も出来ない、判断も遅い、装備も安っぽい。麻薬密売組織とはいえ戦闘は並以下か。


 わざわざ叫んで自分の位置を知らせるとか、彼等は素人なのだろうか。


 いくらなんでも構成員の練度が低すぎる。今まで警察に捕まらなかったのが不思議なくらいだ。


 この程度なら無駄に弾丸を浪費する必要もない。節約のためにもここは彼女に任せよう。


 物陰から戦況を観察して私はそう判断を下した。


「ガハッ……」

「クソッ! なんなんだよコイツは!?」


 また一人、今度はハイキックにより首があらぬ方向に捻じ曲がった男が地面に重く沈んだ。


 しかし──見事な足技だ。


 彼女の足技はまるで舞台上で踊っているブレイクダンサーの様だ。確かあのスタイルはブラジルのカポエラだった気がする。


 女性の股関節の可動域は男に比べて広いとは知っているけど、あの鞭の様にしなる変幻自在の蹴りは近接戦闘インファイトにおいてはかなりの脅威だ。


 能ある鷹は爪を隠すとは言うけど……なるほど、どうやら私はかなりの手加減をされていたらしい。


 実力を隠すとは、存外にシグネットも食えない性格の様だ。


「ちょっと! 援護サポートしてって言ったでしょ! なんで何もしてないのよ!?」


 コンテナから飛び降り三人目の脳天に踵落としを喰らわした後、シグネットは不満の声を私に投げかけた。


「それとも何? さっきの一撃必殺のヘッドショットはまぐれだったの!?」


 あれだけの機動力を発揮した後で息一つ乱していないその身体能力には驚嘆きょうたんするばかりだ。


 組織アストライアの『番号付き』の猟犬になれる実力があるのだから、当然と言えば当然なんだろうけど。


「ごめんね。下手な援護射撃は貴女の邪魔になると思ったんだ」

「ふーん。で、本音は?」

「……正直に言うと痛い出費の後だから少しでも弾薬を節約したかったんだ」

「ん、素直でよろしい。って、全然良くないけど!」


 ビシッと一人ノリツッコミを決めた後、シグネットは「ふぅ」と小さい溜息を吐いた。


「なんていうか、敵が弱過ぎて拍子抜けしたんだけど。コイツらって曲がりなりにもあの【奴隷市場マーケット】の構成員なのよね?」

「おそらく末端の、しかもかなり下の方だと思う。下手をしたら上と繋がりすら無い可能性もあるかもしれないね」

「ふん、要は下っ端ってことでしょ? そーゆーの雑魚キャラの代表じゃん」

「その意見には同意するけど、手応えがないのは単純にシグネットの力量が高いせいだと思うよ?」

「だから、そういうお世辞はいらないから」

「いや、お世辞じゃなくて戦闘を間近で見た私の素直な感想なんだけどね。正直に言って私も徒手格闘の分野では今のシグネットに敵う気がしないし。昨夜はかなりの手加減をされていたんだと思い知らされたよ」

「それは……」


 急にもにょもにょと口籠くちごももるシグネット。何かあったのだろうか。


「だって昨日は靴が普通のやつだったし。いつも通りじゃ無いと本気出せないっていうか……」

「なるほど。確かに仕事道具は大切だよね。軍用ブーツ、いわゆる安全靴なら足技を最大限に活かせるから」


 そう言うとシグネットの耳がほんのりと赤く染まっているのが見えた。


「そ、それに前はスカートだから足技使うと『見える』じゃん。手加減とか舐めプとかじゃなくて単純に実力出せなかっただけだし……」

「…………そだねー」


 リアクションに困る。

 こういう感じは羞恥心というより年頃の女子に良くある乙女心というやつなのだろうか。や、流石に私もパンチラは恥ずかしいけど。というか、私のパンチラとか誰得って話だし。


「それにブラウスのボタンも一回壊れたし。アンタも分かると思うけど胸がキツイと思いっ切り戦えないのよ。分かるでしょ?」

「そうだね。女の子は大変だもんね。あの日とかあると辛いよね」


 前の相棒はそういう乙女心を気にする素振りが無くて配慮する必要が一切なかったから……ある意味では楽だったけど。


 相棒が『真っ当な女子』だとこの先のどこかで価値観の違いに苦しめられたりするのだろうか。


 変な部分で先行きが不安だ。


「まぁ、この様子だと残りも大したこと無さそうね。ちゃっちゃと終わらせて早く帰りましょ? 出来れば今日中に」

「……いや、油断せずに行こうよ。強襲の効果があるとはいえ敵地である以上は不測の事態に備えるべきだよ」

「うわっクソ真面目〜。まぁ、あたしは別に油断なんてしないけど──」


 言い掛けて、気配を察知したシグネットが後方に振り向くよりも先に、私が彼女を強引に自分の方に抱き寄せる。


 どうせ撃つなら手短に。一撃必殺オンリーワンフィニッシュの脳天狙いで。


 自慢じゃないけど、射撃の精度と早撃ちクイックドロウには多少の自信がある。


「くたばれクソ女!」


 相手は一発。私は二発。

 一発は相手の弾丸の弾道を逸らし、二発目は容赦なく相手の脳天に直撃する。


「ぎゃあああああ!?!?」


 発砲音のすぐ後に、耳障りな断末魔と薬莢カートが地面に落ちる音が響いた。



「油断せずにいこう。まだ任務は終わってないから」


 私がそう言うと腕の中にいたシグネットがプルプルと小刻みに震えていた。


「な、な、な、な、な、何してんの!? 急に!」

「いや、何と言われても。シグネットを守っただけだよ?」

「だ、だからって抱き寄せる必要あった!? 普通に迎撃すれば良いだけよね!?」

「ごめんね。身体が勝手に動いたんだ。万が一にでも回避が間に合わなければ取り返しがつかない事態になっていたかもしれないし。それに防弾チョッキを着ている私が盾になれば少なくとも致命傷は避けられると思ったんだ」

「わ、分かった! 分かったから早く離れてよ! やっ、別に嫌とかそーいうのじゃなくて、めっちゃ近いのが気不味というか、えっと……」

「おっと、これは失礼。配慮が足りなかったみたいだね」


 抗議の声がうるさかったのでシグネットをすぐさま解放すると彼女は「すーはー」と大きく深呼吸する。


「キュンってしたのは気のせい。キュンってしたのは気のせい。キュンってしたのは気のせい。女の子同士とかありえない。あたしはノーマル。レズビアンじゃない。あたしはチョロくない。あたしはチョロくない。あたしはチョロくない……よし!」

「…………?」


 ブツブツと小言を呟くシグネット。新手の精神統一か何かだろうか。


「大丈夫?」

「大丈夫! 早く行きましょ!」

「その割には顔が赤い様に見えるけど?」

「いいから! そういう鈍感な振りして人をイジるの本当にいらないから!」

「……理由は良く分からないけど、なんかごめんね?」


 私の謝罪に対して思うところがあるのかシグネットは焼けた餅のごとく頬を膨らませて黒豹の様な瞬発力で闇夜を駆けて行く。


「むぅ〜、謝るくらいなら不用意に胸キュンムーブすんなバカー!!!」

 

 誰に対して言ったのか分からない彼女の叫びは夜空の彼方まで届きそうなほど大きな声だった。

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