第6話 ★狂宴にはワインよりも鮮血がよく似合う

 先手必勝の不意打ちが失敗した事により私とアイビスは仕切り直しを余儀無くされた。標的を仕留め損ねた私が狼狽えていると、アイビスが「とりあえず隠れるよ」と、近くにあったテーブルをひっくり返して簡素なバリケードを作り上げた。


「んー、どうやら挨拶撃ちは狙いが甘かったみたいだね。彩羽は下手っぴだなぁ」

「悪いけど、ノーコンの射撃下手に文句を言われる筋合いは無いよ」


 そもそもの話、鉛玉をブチ込んだ程度で標的ターゲットを殺せてればヴェネツィアで首領一人だけを取り逃がすという失態は起こらなかっただろう。


 やはり、銃弾は効かないらしい。

 どういう手品トリックを使えば飛んでくる弾丸を直に食えるんだ。原理が分からない。


 一瞬だけ紐状の物体が宙を舞っている様に見えたけど……あれは一体何なんだろう?


 一つだけ確かな事は、こんな人間離れした技ができるのは美食家エピキュリアンが人間の常識を超えた“超常”の存在だということだ。


「やっぱり、あの人も【強化人種エンハンサー】なの?」


 標的への意識だけは外さずに隣にいる相棒に質問を投げかける。


「間違いないよ。見た目の年齢から推測して『初期計画ファーストプラン』の被験体ナンバーズだと思う」


 強化人種エンハンサー

 人間を科学の力で魔改造した存在。


 いわく、強化人種エンハンサーに投与された『それ』は医療用ナノマシンの臨床試験中に起こった暴走事故により生まれた偶然の産物である。


 曰く、それを投与された人間は適合に失敗すると絶命に至る。


 曰く、適合率3%の運試しに勝利した者はその者に適した『異能力』を獲得できる。


 曰く、それは世界樹から生まれた特別な種子『EX-SEEDイクシード』と呼称されている。


 曰く、その全ての元凶は世界樹の遺恨ユグドラシル・マターにある。


 全てアイビスから聞いた曰く付きの話だ。


「間違いなく『あの組織』と何かしらの繋がりがあるだろうね」

「……そうなんだね」


 アイビスがそう言うのなら、それは間違いないのだろう。その解に至った根拠を詮索するのはそれこそ無粋の極みだ。


 認識を改める必要がある。目の前にいる標的は異能の力を宿す人智を超えた存在だ。


 なら、普通の人間である私がやる事はただ一つだ。


 手持ちの武器をハンドガンから回転式拳銃リボルバーに持ち替えて私は言う。


「私がアシストするからいつもみたいにカッコ良くキメてよ、相棒」

「任せて。メインヒロインの実力をキミにせてあげるよ」


 何に対してのメインヒロインかは置いといて、いよいよ命をかけた死闘の始まりだ。


「うーぬっ、作戦会議は終わったかネ。作戦は二体一の挟撃かナ? ズバリ言おう、その通りダ!」


 バリケードから身を乗り出すと、そこには余裕のある表情で椅子に座っている美食家がいた。


 しかもワイングラスを片手に持っている。どう見ても晩酌ばんしゃくを楽しんでいた。


「うぬっ! このワインは実に芳醇な味グストーゾであル。ズバリ言おう、イタリアのワインは世界一、その通りダ!」


 フランス人が聞いたらブチ切れそうなフレーズだった。

 欧州人ヨーロピアンのワインへのこだわりは異常だってどっかの偉い人が言ってたけど。


「随分と余裕じゃないか美食家。ヴェネツィアでは無様に尻尾を巻いて逃げたのにさ……首領のくせに敵前逃亡とか情け無いと思わないの?」


 美食家を煽る物言い。相変わらずの腹黒さだった。


 死闘において舌戦は有効的な攻撃手段だとアイビスは言った。怒りや恐怖により冷静さを欠けば集中が乱れ、相手の潜在能力ポテンシャルいちじるしく低下させる事ができる。


 相手が少しでも弱ればそれだけ勝率も上がる。


 何が言いたいかと言うと、漫画やアニメによくある戦闘中に敵と会話をする行為は別に不自然ではないということだ。いや、私は何をフォローしてるの?


「ノン、あれは敵前逃亡では無く戦略的撤退であール」

「ふーん。戦略的撤退、ね」

「うぬっ! 地の利の前には数的有利など無意味であるからナ。ズバリ言おうヴェネツィアは水が多すぎる、その通りダ!」


 美食家の言う通り前回の戦闘では地の利はこちら側、特にアイビスに大きなアドバンテージがあった。


 ヴェネツィアは『水の都』と呼ばれるほど運河や水路が多い。多人数で二人を囲むにはその地形があだになった。


 それに【氷晶の花束クリスタルブーケ】の性能をフルに発揮するには触媒に大量の水を必要とする。


 水を得た魚とはよく言ったものだ。

 実際の話、戦闘が始まって数分もしないうちに美食家の手下が全員“氷の彫刻”にされてる。


 あの時は私も流石に敵に対して同情してしまった。敵に回した相手が悪過ぎると。


「へえ、なら今回はボクに勝てる勝算があるんだ?」

「うぬっ! 『食事』を済ませた我が輩を前にチミ達の命運はここで尽きたのであール。何故かっテ? ズバリ言おう、ここには水が無い、その通りダ!」


 実際問題の話、アイビスはその『能力』の性質上、閉所における戦闘にはあまり向いていない。


 狭い空間や遮蔽物の多い場所で“射程の長い武器”が使えないのと同じ様に。レストランという戦場は私たちにとって不利な環境と言えるだろう。


 だけど、今回は『切り札』の二本目が──


「っ!? レイヴン避けて!」


 風切音と浮遊感。アイビスの警告が耳に届いた頃には私の身体は宙を舞い、訳もわからない内にレストランの壁に乱雑に叩きつけられていた。


「……ゲホッ!」


 景色が矢の様に飛び衝撃が身体に伝わる。不意打ちをモロに喰らい肺から空気が漏れ、背中全体に重くて鈍い痛みが走る。地面に這いつくばると口内に血の苦い味がじわじわと広がった。


「うぬぬ、二体一の場合は弱い奴から始末するのが鉄則なのであル。しかし、なんとも脆弱な女ダ、ズバリ毎日の食事に“肉”が足りていないと見タ!」


 今度は辛うじて足に何かが巻きつくのが見えた。

 見えはしたけど、まるで反応出来ていない。


「大丈夫!? 今ので死んで無いよね!?」


 アイビスの呼びかけに私は「大丈夫!」と言い直ぐ様立ち上がって無事を伝える。


「……もう、地の文で解説キャラに徹してると変な場面シーンで『ナレ死』するよ?」

「それは嫌過ぎる」


 解説キャラとナレ死に対するツッコミはそこら辺のゴミ箱に投げ捨てておくとして、私は自分が宙に舞った原因を考察する。


 ギリギリ見えた紐状の物体。

 巻き付いた部分にわずかに残る粘液の様な痕跡。

 美食家。食人趣味カニバリズム。『捕食』と言う行動に必要な器官。


 それらにより導き出される解は──


「レイヴン。アイツの《触手》はカエルやカメレオンみたいに伸縮性と粘着性があるから注意して」

「それは今まさに私が言う予定だった台詞だよ!」


 言いたかった台詞を相棒に盗られた。


 というか、気付いていたなら先に言ってよ。情報共有はパートナー間じゃなくても大事だからね? 報連相、すごく大事。


「触手とは失礼ナ! 【暴食の楽園パラディーゾ】は我が輩の《舌》であり洗練された《食器》なのであル。本当にチミ達は食事作法テーブルマナーがなっていないナ! ズバリ言おう、育ちが悪い、その通りダ!」


 ウネウネ、と。口から出ている『触手』とは別に美食家の背部から生える様に複数の触手めいた紐状の肉塊が出現する。うごめいている触手を見ると、まるでホラー映画の化物を連想させている様で、その光景が私のSAN値をゴリゴリと削っていく。


 口内から伸びる舌も含めて触手の数は計七本。あれを自在に操作できるとなると……不用意に美食家に接近するのは危険だ。


 敵の最大射程を把握して距離を取りながら応戦するのが戦法としては無難だろうか。


 そう思っていたけど。


「ズバリ言おう! 数の不利は『道具』で補えばいいト! さぁ、愉快に踊れ糞餓鬼バンビーナどもガ!」


 美食家が触手の先端に何かを巻き付けているのを確認した一瞬の間に真紅の衣装ドレスが私の前に割って入る。


「地の底から甦れ【氷晶の墓標グラス・グレイブ】!」


 床に突き刺した白刃の先端から墓標の様な造形をした氷壁が出現したと思えば──その氷壁が瞬く間にバキバキと音を立ててひび割れていく。


 数え切れない発砲音の正体は実物を確認しなくても分かる。


 銃撃が止むと鏡の様な氷壁にはひび割れた自分の顔と銃弾と思わしき無数の斑点はんてんが浮かび上がっていた。


 どうやら危機一髪のところでまた相棒に助けられたらしい。


 九死に一生。氷壁の冷気も相まって肝が冷える思いだ。


「コラッ、見てから反応しても遅いよ。蜂の巣になりたいの?」

「……ごめん。正直言って助かったよ」

「ん、反省はしても失態ミスを悔やんで後に引きずらないでね? 悪いけどよ?」


 次は無い。その言葉の意味は分かっている。


 私にこれ以上の失態は許されないという意味も、アイビスが【氷晶の墓標】をもう一度使用することは現段階で不可能だということも。


 アイビスは今の防御で剣に貯水している『触媒の水』を使い果たしたと、遠回しに伝えている。


 OKだよ相棒。主人公のために『弱者』の配役キャストを演じてあげる。


「……ひっ、無理だよ。あんな化け物相手に勝てるわけがないっ」


 そう言って私は脱兎の如くレストランの後方に位置するワインセラーの影に逃げ込んだ。


「……はぁ、キミには失望したよ。やれやれだ、役立たずを養うのも骨が折れるよ、まったく」


 私を蔑む様な冷めた言動のアイビス。あの反応が演技か素なのか、付き合いがそこそこ長い私でも判断に困るからタチが悪い。


「まぁ、いいさ足手まといはでもしてればいいよ」


 分かってるよ相棒。後はタイミングを合わせるだけだ。


「ケヒヒッ。なんだ、この後に及んで仲間割れかナ? まぁ、あのバンビーナが足手まといなのは同感だがナ」

「ホントそれだよ。今まで戦闘面で役に立つ事なんて滅多になかったからさー。パシリ以外の使い道がないんだよねー」


 ねえ、相棒。本音が八割くらい混ざってない? その発言はナチュラルにヘコむよ? 辛くて泣いちゃうよ?


「いやはや、それにしても《触手》と銃火器を併用した全方位攻撃オールレンジアタックとは恐れ入ったよ。ボクがニュータイプじゃなければ今のでられ──」


 ガガガガガガガッ。

 数多の発砲音。アイビスの台詞をさえぎる形で美食家の放った銃声が木霊こだまする。


「……人が喋ってる時に攻撃するとか、そっちこそマナーがなってないんじゃないの?」

「何を言うカ、殺し合いにルールを求める方がナンセンスであル。しかし、敵ながら見事ダ、全ての銃弾を剣で斬り落とすとわナ、実に優雅グラーツィアな剣舞ダ」


 私の目には速すぎて見えなかったけど……どうやらアイビスは敵の攻撃をさばき切った様だ。


「実にぃ、実に面白い、面白いゾ【真紅の翼アイビス】。流石は『次世代型セカンドプラン』の最高傑作『堕天使の化身ルシフェル』の一人だナ! それでこそ食い甲斐がいがあル!」


 アイビスは自身にまつわる身の上話をあまり多くは語らない。


 機密情報を秘匿ひとくするのは猟犬の鉄則である。だから相棒の私にだって話してくれない。


「へぇ、ボクの出生を知ってるんだ? それなら、当然『あの組織』とも繋がりがあるんだよね?」

「ズバリ言おう、チミも我が輩も【最高神オーディン】に選ばれた特別な存在にシテ『神話世界アスガルド』の高みを目指す信徒であル!」

「……その言い方は気に入らないな。それじゃあボクがキミ達『化け物』と同類みたいじゃないか」

「化け物ではなイ、我が輩達は神に選ばれた『新人類』なのであール!」

「もういいよ。耳障りだから喋らないで……凄く不快なんだよ、その声」

「うぬぬぬっ、ならば望み通りにしてやるヨ。食後の菓子ドルチェはチミの身体ダ!」


 美食家が繰り出した《触手》の猛攻をアイビスは冬空に舞う雪の様に軽い身のこなしでかわしていく。


 時間が経ち二人の戦闘速度スピードにようやく目が慣れてきた。機関銃マシンガンによる銃撃、刃物ナイフによる斬撃、触手による殴打と刺突、ありとあらゆる攻撃をアイビスは子供の児戯を嘲笑う様に白刃の切先で無力化していく。


「へえ、その触手って斬っても再生するんだ。まるでタコの足みたいだね。凄く醜いよ」

「ケヒッ、防戦一方では勝負にならないゾ? 持久戦は女のチミには分が悪いと思うガ? ズバリ言おう、その通りダ!」


 風切音。銃声。凶弾と凶刃の乱舞。常軌を逸した二人の攻防はなおも続く。


「中々にしぶといナ!」

「そっちこそ!」


 ここにきて疑問がある。

 アイビスはどうして『切り札』を使わないのだろうか?

 この様子なら私がアシストしなくても勝てるんじゃないの? もしかして舐めプしてる?

 それとも相手の攻撃範囲リーチが長くて射程距離まで踏み込めないのかな?


「そろそろ頃合いかな!」


 チラリ、と。アイビスがこちらに視線を送ってきて私はようやく思い至る。


 ──ああ、そうか。貴重な情報元を『毒殺』するわけにはいかないのか。


 ここに来て手加減する理由が出来てしまった。

 仕方ないなぁ。

 私はリズム感ゼロだからタイミングはそっちで調整してよね──


「さぁ、愚者を捕らえろ【嘆きの氷河コキュートス】!」


 私が『投げる』より先にアイビスが剣を突き出し攻撃のモーションに入る。


 ちょっ、早いよ! 完全にフライングだから!


 相棒の掛け声に急かされた私は手に持って投擲とうてきできるギリギリの本数のワイン瓶四本を美食家に向かって放り投げる。


「ほら、受け取れ変なおじさん!」

「うぬ? 何をダ?」


 私の掛け声に反応した美食家が空中に放られたワイン瓶を四本の《触手》で掴みにかかった。


 乱舞する触手は無理でも放り投げた瓶くらいなら余裕で撃ち抜ける!


「外さない!」


 発砲した四発の早撃ちクイックドロウが狙ったポイントに全弾命中。撃ち抜かれたワイン瓶が粉々に破裂する。


 照明ライトの光にらされたワインの飛沫しぶきがキラキラと美食家の頭上に降り掛かる。


「ナイスアシストだよレイヴン。【拘束バインド】!」


 パキパキ、と。

 剣から射出された氷のつぶてが奇跡的に一発で着弾すると、音を立てながら美食家に付着したワインが凍結していく。普段なら二、三発撃っても当たらない時は当たらないんだけど。珍しい。


「デザートにワインの氷菓はいかがかな? なんてね」


 凍結したワインの重みで美食家の《触手》がだらしなく地面に垂れ下がる。


「うぬぬっ、よくも勿体ない事をしてくれたナ! バンビーナにはワインの価値が分からないのカ! ズバリ言おう、飲酒は大人になってからだ、その通りダ!」


 極悪人のくせに正論を吐くのか。

 というか、美食家のおじさん。氷漬けにされてるのに態度に余裕があるのは何故なんだろ?

 どう考えても、もう勝負な着いてるはずなんだけど。


「勝負ありだね。美食家、キミの敗因はボクの相棒をナメた事だ。弱者には弱者の強みがあるんだよ……たぶん、きっと」


 一回私の方を見てからスッと視線を逸らす相棒。なんなのかなぁ、その気不味そうな顔は。


「褒めてるのか貶してるのか分からない発言だね」

「そうだね。実力に関しては一ミリも褒めてないよ。だってボクの相棒ならあれくらいだから」

「………っ」


 もう、要求するレベルが高すぎるんだって。


「……ほんと、相棒は怖いね。期待に応える側の身になってよ」

「期待に応える必要はないよ。レイヴンには最初から期待してないから」

「そう。相変わらず手厳しいね」

「そうだよ。わざわざ期待なんかしなくてもレイヴンはボクの要求にちゃんと応えてくれるからね」

「……ん?」


 それはどういう意味かな?


「アイビス、今のは──」

「うぬぬっ! 我が輩を無視してイチャイチャと乳繰り合うなバンビーナ! とてつもなく不愉快ダ!」


 私とアイビスの百合営業に憤慨した美食家は奇行とも言える行動に出る。


「ズバリ言おう、腹が減っては戦えなイ。勿体ないなら食えば良イ、我が輩は美食のためならみせル。その通りダ!」


 ガブリ、と。

 美食家は凍結した自分の《触手》を喰らい始めた。この変なおじさん、本当にキャラのクセが強い。


「うーぬ、実に最上の美味オッティモダ! 我が輩は今、究極の美食を味わっていル!」


 グチャグチャと。人肉を咀嚼する。美食家のあまりの奇行ぶりに私は言葉を失った。


 そして同時に想像してしまった。そんな風に人間を食っていたのか、と。


「それは美食じゃなくてただの悪食だよ」


 アイビスの冷淡な声音には、どこか哀れみを感じるものがあった。


「さぁ、仕切り直しと行こうカ! 我が輩はまだまだ食えるゾ! 食い足りないんダ!」


 自食で失ったはずの美食家の触手は生える様に復元していき、数秒のうちに再び元の状態に戻っていた。


 自己再生機能。いや、前よりも触手の形状に言いようの無い凶々しさが宿っている。おそらくあの自食行為は何かしらの強化効果ブーストがあるのだろう。


「終わりにしよう美食家。ボクがキミを『際限のない飢え』から救ってあげるよ」


 、とアイビスは言う。今まで使うのを控えていた『切り札』を握りしめて。


「……声紋認証による【首輪カラー】の拘束を解放。コード000トリプルゼロ安全装置解除セイフティリリース


 そして。

 真紅の翼は『切り札』を発動する。


「我、女神の裁量により天秤を傾ける者。偽りの楽園にて悪虐の限りを尽くす彼の者を永遠とわの眠りにいざなえ──」

「ズバリ言おう! 我が輩の【暴食の楽園パラディーゾ】に敗北は無いト! その通り──」


 背中に出現する血の様に赤い光の翼。真紅の翼アイビスは水面に浮かぶ水鳥の様に音も無く美食家の懐に入り込む。


 一瞬の隙。必殺の間合い。勝負は一撃で決する。


一撃必殺オンリーワンフィニッシュ。【葬送の失楽園パラダイス・ロスト】」


 それはアイビスだけが扱える一撃必殺の刺突。危険すぎるが故に安全装置による封印が施されている禁じ手である。


 真紅の刃を介して放つ解毒不能の『猛毒』はアイビス自身の血液から精製されている。それに一太刀でも傷を付けられたら最期。相手はまるで焼け落ちる炭の様に身体が崩壊していく。


 勝利の女神はアイビスに微笑んだ。

 勝敗は決した。私たちの勝ちだ。


「馬鹿ナ……馬鹿ナ馬鹿ナ馬鹿ナッ!? こんな事ガ──ガァああアアアア!?!?!!!」


 断末魔。アイビスの猛毒に犯された美食家の身体が黒化し、ボロボロと崩壊していく。


 突き刺した真紅の刃を引き抜いてアイビスは言う。


「おやすみ美食家。冥界の女王によろしくね」

「我が輩はまだ、食い足りなイ……」


 崩れ落ちる美食家を背にしてアイビスは私の元に歩み寄って来る。


「お疲れ様アイビス」

「お疲れ様彩羽」


 二人きりになるとレイヴン呼びをやめる。それはつまり非日常と日常を切り替えるアイビスの習慣ルーティンなのかもしれない。


「殺して良かったの? 貴重な情報元だったかもしれないんでしょ?」

「良いよ。ボクの気が変わったんだ。だから何も問題はないよ」

「……そっか、そうだよね」


 死闘を終え、事後処理を含めた捜査活動の最中でアイビスは言う。


「彩羽。キミは地下室に行かないで」


 私はその言葉の真意を察せれないほど鈍感ではない。おそらく今も地下室には食材になった人肉が保管されている。


「……分かったよ相棒。後は処理班クリーナーに任せておくね」

「そうだよ、不器用な彩羽が処理に関わると余計にややこしくなるから」

「一言どころか二言は余計だから」


 そして私とアイビスはその場を後にしてイタリアでの活動拠点にしているホテルに帰った。


 ベッドに腰掛けアイビスは言う。


「彩羽。今夜はボクに“優しく”してね?」


 いつもの余計な一言を添えて。


「ほら、今のボクって“貧血”だからさ。ぶっちゃけるともう一歩も動けないんだ。というわけでパシリよろしく。とりあえずピザ食べたい」

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