決戦、一戦目。

「よいしょ、っと」

そう呟きながら弦貴が地上に降り立ったのはおおよそ彼らが別々の方向に飛び立って(或いは跳び立って)から三分ほどのことである。

彼は今や変身を済ませていた。

魔法少女としては変身シーンはしっかり見せきるべきだとか、そういう意見もあるだろうが、

まぁどうせここには観測者なんていないので些事だ。一応、光に包まれた後、収束した光がそれぞれ魔法少女のコスチュームに変化し、最後に弦貴が決めポーズを決めたのだが、そこらへんの想像の補完は読者諸兄自ら勝手にやってもらいたい。

何しろ、そこら辺の流れはあまり最終決戦に相応しくない。

地球の存亡がかかっている今この時に、そんなメルヘンな展開に持ち込まれても困るのだ。


 ともかく、弦貴はエスペランザシャイニングに変身した。

毛量が物凄い金髪を、黄色とオレンジのリボンで纏め上げた小顔の少女が今の彼だった。

薄い、というか全体的に小さくなった体の鎖骨の辺りには青白い光を放つ宝石が嵌まり込んでいて、それを中心に、飾り付けるように向日葵を連想させるような衣装を着込んでいる。

もっと言えば、昔話、というかグリム童話の「赤ずきん」が被っているようなケープに似た黄色の衣装だった。決してふざけている訳ではなく、それが彼の衣装。

魔法少女エスペランザシャイニングとしての正装だった。

格好がふざけていないのだとしても、なぜスペイン語に英語の名前なのかとか、そもそも男子生徒がなぜ魔法少女に?とか、色々思うところはあるだろうが気にしないで貰いたい。これはあくまで彼を育て上げた研究所の趣味だ。

研究所。というのも、彼は国家公認の魔法少女だった。

今や彼を生み出した国家も研究所も地球上からは跡形もなく消え失せていたが、たまたま発掘されたオーパーツだか何だかの力に適合し、魔法少女に変身した彼は別である。

「しかし、みんな死んじまったのか?これはつまりオレが世界最後の人類ってことになるんだろうか」

彼は見渡す限り何もなく、ただ、ところどころクレーターでぼこぼこになった地面を眺めた。

実際のところ、彼が知らなかっただけであと少し人類は残っていたけれどもはやそれも時間の問題だっただろう。言い換えれば、ある意味でそれは弦貴少年が本当の意味で人類のヒーローになる残り少ないチャンスだった訳である。

しかし、当の弦貴少年はというと。

「ダークのやつも、フレイムのやつも、アクアのやつも、ウィンディのやつも、みんな死んじまったのかな」

と呟いて暫しの間、ぼんやりと空を眺めていた。

呟いた名前は皆、弦貴少年と同じ魔法少女だった。同じような特殊能力を持ち、同じくらいの力を持つ、魔法少女達だった。しかしそれでも、彼らの中に再生能力を持っているものはいなかったはずだし、あんな見るからの敵に立ち向かわないで逃げるやつがいた覚えも無いから、恐らくはあの怪獣には勝てなかったのだろう。

彼は目を閉じて、彼らと、そのついでに死んでしまったその他の人々の冥福を祈った。

それから、戦いに向かうことにした。

彼は自分を魔法少女のパワーで吹き飛ばした。


 と、ここで彼の能力について説明しておこう。

「再生能力」である。とある漫画を知っている方からすれば解りやすいかもしれない。

本体は一体しか存在できず、最も大きな肉片から再生する。回りくどい言い方をすると唐突に全世界に不死身の人間が出現した、あの作品と同じである。まぁIBMは使えないが。

そんな彼はしかしだからと言って下位互換ではない。

死ななくとも再生能力は使えるし、その上、魔法少女の身体能力で大半の無力化手段は使えない。死なないだけで、他は大して取り柄のない魔法少女だったが、しかし強敵であればあるほどその強みが活かせる魔法少女だった。

そして今、彼がやったこと。某作品のファンであれば佐藤さんのフライドチキンだか手羽先だかで通じるだろうが、つまり平たく言えば、予め怪獣に付けておいた自分の肉片より自分を細かくすることで付けておいた方の肉片を「最も大きい肉片」にし、擬似的な瞬間移動を実現したのである。


 どごぉおおおおん

と、大きな音が響いた。首がねじ曲がった。ダメージは大して無かったが、「それ」は確かに驚いた。何が起こったのだろう。しかし見ることはできない。わからなかったのでいつもするようにとりあえず吹き飛ばした。


 弦貴少年改め、魔法少女エスペランザシャイニングは再生してすぐに眼の前の怪獣に拳を叩き込んだ。ちなみに、何故かはわからないけど彼の体は魔法少女の衣装ごと再生される。

まぁ、どこからともなく衣装が出現して変身できるからそういう物なのかも知れない。

次の瞬間、彼の体はもう吹き飛んでいた。再生してすぐに姿勢を立て直す。

怪獣は首の辺り(本当にそれが首かはわからないが)を捻っていた。

彼は警戒を強め、それが動き出すのをじっと観察する。


 「それ」は首を捻って違和感を確かめた。何だろうこれは。不快だ。

よく分からないけど、何だか凄く嫌な感じだと思った。というのも、なんとこの怪獣、生まれてから今まで一度も攻撃を食らったことが無いのである。まさに生まれながらにして最強。

しかし今こうして、初めて攻撃というものを食らって、「それ」は初めての痛みに。

少しだけ苛立っていた。


「やばっ」

弦貴少年が呟いた。彼の目は怪獣がこちらに手のひらを向けたことを察知していた。

いくら再生能力があるとはいえど、彼にもその限界はどこかわからない。試しに死ぬまで実験してみるって訳にもいかないのだ。敵を倒すために多少無謀な使い方はするが、だからってわざわざ自分から攻撃を食らいに行きたいとは思わない。

がしかし、抵抗虚しく、彼は全身を吹き飛ばされた。というか、最後は自分で自分を細かく吹っ飛ばした。


 「それ」は考える。倒しきれただろうか?いやしかし、さっきと同じような抵抗があった。とするとまだ。…ここまで明晰な思考を怪獣ができたかはわからない。何せ成人男性くらいの体格はしていても生まれてからの年数で言うとまだまだ子供だ。もちろんある程度の言葉は(どうやってか)学んでいたし、そもそも人間とは違うので知能が低いとは限らないがしかし。「それ」の戦闘経験の浅さが裏目に出た。彼の目の前にかわいらしい小指が吹っ飛んできた。


「かかったな」

と、弦貴は言う。

「お前、学習能力無いだろ」

とも言った。簡単な話で、彼は怪獣がこちらに手のひらを向けた瞬間に自分の小指を千切りとって投げたのである。そして、ついでにあわよくば攻撃も避けようとはしたけれどそれは間に合わなかった。が、おかげで彼は怪獣の眼前で再生する。

「シャイニングキィイイイイイイイイック!!!!!」

めきゃごきっ

怪獣の頭に全力の蹴りを入れた。

大層な名前を叫んだ割にはえげつない、頭を掴んで膝に叩きつける、相乗効果で威力が上がるタイプの膝蹴りだった。

生存能力は極めて高い彼は、しかし残念ながら高い攻撃力は持っていないので素(魔法少女)の状態ではこれが最大火力だった。

怪獣は、また少し嫌そうな顔をして弦貴少年を吹き飛ばした。


 なんだろうあれは。と「それ」は思う。

煩わしいぞと思った。生憎言葉が多少喋れるといえどあまり複雑なことは喋れない怪獣にはそれを言語化する力が無いが、そう思った。そして、もう一度攻撃を食らわそうとして、「それ」は気づく。

さっき、何か飛んでこなかったか?

もしかして。と、「それ」は考える。

最強の怪獣が、生まれて初めて敵を倒すための策を練る。


 弦貴少年が、また攻撃を仕掛けようとすると今度は肉片が撃墜された。あ、これは気づかれたなと彼は察する。ネタが割れてしまえばこの策は通じない。さて、どうしようか。そう呟いた。

また攻撃を食らった。


 とりあえず「それ」は考えた。最も単純な策だった。周りに何も近づけなければいいのだ。近づくものは全部吹き飛ばしてしまえばいい。


 とりあえずここは撤退しよう。

弦貴少年は考えた。あぁも無闇矢鱈と攻撃を繰り出されていたら近づくどころの問題じゃない。

一旦さっきまでいた場所に帰ろう。

それから作戦を考えよう。

せめて乱れ撃ちで少しは疲労してくれていれば良いんだけど。なんて考えながら退散した。

勿論腕を一本置いていった。

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