第19話 前へ進む為にです。

「慎二…」


本当に嫌な予感というものは意図せず現実のものとなる。


(なんで、なんであいつがここに?いや、なんであいつが志乃と一緒に居るんだよ!?)


「元気だったか?仁太」


「お前と話すことなんて何もない!!」


「お兄ちゃん、お願い!お父さんと話して」


「志乃?何言って…?」


志乃が何を思って言っているのか理解できなかった。志乃にとって慎二は父親であり、自分の歩くこと、自由を奪った憎むべき相手なのに。


「お父さんはお兄ちゃんや私とちゃんと話したいんだって!」


「志乃!そいつはお前から足を!自由を奪った男だぞ!?」


「それでも!!お願い…仲直りなんて望んでない!私はお兄ちゃんにお父さんと話してほしいだけなの…」


自分がおかしいのか。いや違う。多分、俺は真っ当なんだと思う。でも、真っ当じゃなくても妹に涙を流させた。その事実が俺を咎める。


「話を聞くだけだ…」


「ああ、ありがとう。志乃もありがとな」


妹の頭を撫でる父の顔は、あの日最後に見た父の顔とは全くの別人であった。今俺が見ている光景は、仲の良い普通の親子そのものだった。

俺はその光景を見続けることができず妹の車椅子を後ろに引き慎二から遠ざける。


「少し昔話をしよう」


私と楓が出会ったのは大学生時代だった。当時の楓は若かったのに、周りの奴らよりも頭一つ抜けててな。人当たりもよく面倒見もいい、おまけに美人だ。周りの生徒があこがれの目を持つのと同じように俺も彼女を好きになった。

だが彼女はそんな周りが勝手に抱いたレッテルに苦しんでいた。そしてそのことを妬む奴も当然現れる。俺がそのことに気づいたのは彼女が誰にも見られないところで涙を流していたから。そのとき多分本当の意味で彼女のことを好きになったんだ。

そっからはアタックしまくったな。まあ当然フラれるんだがな。何回告白したかもう覚えてないが、まっ結局楓のほうが折れて付き合うことになった。それから何年か経ってお前たちが生まれた。大きくなっていくお前たちを見るのは感動した。父親になったんだって。でも、俺は大学生の時から変わってなかった。

楓のことが好きなんだ。俺から楓を奪っていく志乃が憎くてしょうがなかった。この感情は父親として持っててはいけないものだ。そう思っていた。でも…疲れて酒を飲んでいた俺は志乃に暴力を振るった。


「これがその当時の全容だ。今でも当時のことを後悔している。すまなかった」


「お父さんは、私たちのこと大好きだった?」


「ああ、今でもその気持ちは変わらない」


「なにいい話風に終わろうとしてんだよ」


慎二の胸倉を掴む。勢いよくとびかかったため慎二は体制を崩し倒れる。


「俺と志乃と母さんが今までどれだけ苦労したか知らないで!志乃は自由を奪われるし、母さんは朝早くから働いて家に帰ってくることなんてほとんどない!お前は!なのにお前はなんでそんな吹っ切れた顔してんだよ!」


「俺は末期癌なんだ」


「は…?」


「今こうして歩けてるのが奇跡なんだと。だから最後にお前たちと話せてよかったよ」


「っ…逃げんのかよ」


「すまない…」


俺たちになんの罪滅ぼし無しで逝こうってのかよ…

俺が何を言おうと慎二が近い将来死ぬことは確定している。それは残酷だけど覆ることなんて無い。

俺は携帯を取り出しある人にメールを打つ。


「母さんに何も言わないで逝くのかよ」


「ああ、母さんにあったら未練たらたらであの世に逝けなくなるからな」


「なら会えよ!簡単に逝かせるかよ!最後まで自分善がりで逝けると思うな!!」


「まさか…お前がさっきメールしてた相手ッテ…?」


「母さんだ」


慎二の顔が引きつっていくのが分かる。


「慎二」


そしてタイミングよく母さんが慎二の背後から声をかける。メールを打って数分。俺がメールを打つまでもなく近くに来ていたみたいだ。


「か、楓さ―」


刹那、慎二の左頬に母さん渾身の右ストレートが炸裂した。


「痛っ、やっぱり人は殴らないほうがいいわね。あんたたち無事?」


「「は、はい」」


「なら良しさ」


俺と志乃は互いに頷き思う。母さんは怒らせないようにしないと。


「さてと、こっからは大人の話し合いだからあんたたちは先に帰ってなさい」


そう言われ俺は志乃の車椅子を押しながら病院へと戻る。去り際に見た慎二の横顔は殴られたとは思えないくらい嬉しそうだった…


その後、探してくれていたみんなに志乃を見つけたこと報告した。病院に着く前にあの丘にどうやって行ったのかを志乃に聞いた。病院を抜け出したのは病室の窓から父親を見つけたから。急いで向かい見失ったが紆余曲折を獲て何とか見つけて話をしたらしい。なぜ慎二を追いかけたのか、志乃に聞いた。


「それが私が前に進むために必要なことだって考えたから」


志乃は堂々とそう答えた。病院に戻り、先生たちにお叱りを受け俺は帰路に着いた。

数週間後、母さんから俺の下にメッセージで「慎二が亡くなった」とそう知らされた。

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