第17話 願いです。

「いいなー私も行きたーい」


「行きたいって夏祭り?」


夏休みのバイト中。穏やかな昼下がり。客足も少なくなり少し落ち着いてきた頃、カトちゃんは窓の外を眺めてそう言う。カトちゃんの視線の先には浴衣姿の女性や男性。そう言えば毎年恒例で夏祭りがこの近くの神社であったなと思い当たり今なおため息を吐く彼女に聞く。


「そ、浴衣着てー美味しいもの食べてさ」


「モモちゃん浴衣着て行くの?だ、ダメだよ!変な虫がついちゃう!」


「だからーモモちゃんはやめろって!と言うよりも私がその辺の男に靡く女に見える?」


厨房で作業していたはずの大樹さんはいつの間にか背後に居たので驚く。相変わらず家族仲が良くて見ていて微笑ましい。蹴りを喰らってるけど…


「みんな誘ってみたら?」


「そうだね。夏祭りに行くならお友達と一緒になら行ってもいいよ。ね!」


2回言った。大事な事なのかも。大樹さんはカトちゃんにまた蹴りを入れられてる。


「それで、君はどうするの?」


「ん?」


「さっきの言い方だと、君は夏祭り行けないんだろ?何か用事があるのかい?」


「うん。志乃と一緒に居ようと思ってて」


今日も母さんは遅くまで仕事だろうし、俺が側に居なくちゃ。


「妹ちゃんも一緒に来れば良いのに」


「それが…風邪引いたみたいで。ごめん。みんなで楽しんできて」


行きたくないわけじゃない。でも俺は一時の欲望でその後の人生を悔いのあるものにしたくない。もう後悔はしたくない。



病院では面会時間が決まっている。だが、今日は特別に泊まっても良いとお許しが出た。看護師さんに感謝しなくては。


「体調はどう?」


「もう大丈夫だよ。お兄ちゃんもバイトで忙しいのに毎日こっちに来なくてもいいのに〜」


「可愛い可愛い妹のためだ。バイト疲れなんて屁でもないよ〜」


「ふふ。でも本当に無理してない?」


「うぇ?」


「お兄ちゃんが私の事を思って、大事にしてくれて私を優先してくれてるのは知ってるよ。でもそれでお兄ちゃんが自分のしたい事を我慢してるのは嫌だよ…」


そんな事を言う志乃はなんだか少し怒っているように感じた。でもそれは俺に対してのものではなく、重荷となってしまう自分へのものに感じた。


俺はベットに腰かけ志乃の頭を撫でる。


「志乃は何も心配いらないよ。なんならもう少し我儘でも良いと思う!」


そう言うと少し落ち着いて。「なら少しお散歩したい!」と言い出した。遅い時間だし今から看護師さんに話しても許可はもらえないだろう。ならばどうするか!ここからは兄の役目だ。妹の願いのため、私は後で看護師さんに怒られよう。


車椅子に志乃を乗せ気づかれぬように病室から抜け出した。病院は広く、見回りも大変な事を逆手に看護師さんが一度通った道を通り外へと出た。ここは病院の外だが病院外ではない。言うなれば中庭のような場所だ。患者さん達が昼間体を動かしたり散歩をするために作られた。


「お兄ちゃん!お星様綺麗!」


確かに綺麗だ。でもお星様なんて言っちゃう志乃の方が可愛いし綺麗だよ。


「お兄ちゃんなんか花火の音がするよ?」


「あーそう言えば今日お祭りだったっけ?」


「お祭り!良いなぁ〜花火」


「ごめんな志乃。流石にお祭りには行けない」


「分かってるよお兄ちゃん!流石に問題になっちゃう。でも願うだけならいいよね〜」


そんな志乃の横顔は少し寂しそうに曇ったように感じた。

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