第10話 桃色の風が吹くです。


「あの~ゆ、由ちゃん?」


俺はカトちゃんに言われた通りにカトちゃんのお父さんの経営するカフェでバイトしている事を由ちゃんに報告しようと朝から話しかけているのだが…


「何?」


「い、いえ、なんでもないです…」


と、まあこのように不機嫌全開なのである。俺は何かしてしまったのだろうか…


「槙野くん、由に何かした?」


コソコソっと夜巳さんが近づいてきた。


「何もしてないはず…」


「昨日、バイトで加藤と一緒に帰ったんだろ?もしかしなくてもじんたんの事だ。藤咲さんにバイトしてるって話してないんじゃないか?」


「確かに言ってないけど…それと由ちゃんが不機嫌な理由関係ある?」


「「大あり(よ)だ!!」」


二人は身を乗り出しそう自信満々に口にする。二人とも距離が近い近い。


「いいかじんたん。自分と仲のいい友人Aが居たとする。友人Aには他にも仲のいい友人BとCも居る。この二人は友人Aの個人的な情報を知ってるが、俺はそれを知らない訳だ。BとCは知っていることでも俺はその情報を知らない、となると俺は面白くない訳だ。ハブられてると感じるからな。じんたんと藤咲さんもこの状況と同じって訳さ」


康ちゃんは指を使い分かりやすいように説明してくれた。

俺は別に仲間外れにしたいわけじゃない。でも由ちゃんに伝えておらず結果的にこのような状況になっている。中学時代にあまり人と関わってこなかったツケが回ってきたようだ。反省。


「俺、行ってくる」


「おう、行ってこい」


康ちゃんに背中を押された直後、教室の扉が開く。入ってきたのは息も絶え絶えの死にかけのように顔面蒼白の先生。


「ちゅ、注もーく…ぜぇぜぇ…5限の移動授業は教室Aじゃなく視聴覚室に変更で…以上。ごめんね…ぜぇぜぇ…先生の伝達ミス…」


先生はそのまま職員室方面へ戻っていった。初めての挨拶の時言っていた通り運動が苦手のようだ。あれは苦手と言っていいものか悩ましいけど…


「槙野くん、由もう教室Aに移動してると思うからこの事伝えて来てくれない?仲直りのついでに」


「分かった。ありがとよるみん!!」


俺はそう言い残し教室を飛び出す。後ろからは何やら大きな声が聞こえた気がしたが気にしないことにした。


教室Aに着き息を整えながら扉を開ける。教室を見渡し一人の同級生へと目を向ける。彼女は窓を開けて外の景色を眺めていたが、こちらに気が付いたようで俺の方を振り返る。


「仁太…」


「由ちゃんごめん」


「ごめんって、何で?」


彼女の声はいつもの彼女の声ではなく、冷たく突き放すような声だった。その声に怯みそうになるが、伝える。俺の言葉を。


「俺は昔から鈍いから察しろとかそういう空気を読むことが苦手で。自分の事も話さない。だから知らないうちに由ちゃんを傷つけてたんだと思うだからごめん」


「私は傷ついてなんか…」


「俺の家さ、父さんが居なくて母さんにはいつも迷惑かけてる。だから母さんの負担を少しでも減らしたくて中学の頃からバイトしてるんだ。バイト先がカトちゃんの実家だから昨日は一緒に帰って…え!?」


俺はぎょっとする。彼女の目から雫が零れたから。


「仁太が一生懸命に頑張ってるのに、私はくだらない嫉妬なんかで…」


幼い時、いつも俺の手を引っ張ってくれた彼女。強くて自分よりも大人だと、そう思っていた。だけど違った。それは俺の思い違いだ。彼女は年相応の優しい女の子なんだ。だから俺の言葉を受け止め、俺の為に涙を流してくれてる。


「自分が嫌になる…本当にごめんなさい」


「言わなかった俺が悪いんだ。ごめん。だから自分を嫌いにならないで。俺は由ちゃんのこと、」


「…?」


言えなかった。どうしてか自分でもよく分からないけど、「好き」と言いうその一言が喉に閊えて声として彼女に伝えることができない。


「大切だから、そんなこと言わないであげてよ…」


「ありがと仁太」


頬が熱い。耳が熱をもつのが分かる。気を紛らわすために本来の目的へと話を挿げ替える。


「あ~あ、こんなに目を腫らしてたら授業いけないね~」


「そうね…そういえばもう授業始まってる時間なのにどうしてみんな来ないの?」


「昼休みに先生が教室が違うって伝えに来てたよ。由ちゃんささっと行っちゃうから俺が代わりに伝えに来たの。ちょうど由ちゃんと話したかったし」


「先にそれを言いなさいよ!もう、ふふ」


二人で笑い合う。さっきまでの空気が嘘のように。


「ならこのまま授業サボっちゃう?」


「それ俺も言おうとしてた~」


二人の間を吹き抜ける風は桃色のように。

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