第20話 夢かな
生気のない顔のパトリックと腕をくみ、再び階段をのぼりはじめたアンナさん。
「パトリック、しっかりしてっ!」
と、階下から私は叫んだ。
パトリックの足が止まった。
アンナさんがひっぱっても、凍りついたように動かない。
まだ、パトリックに私の声が届いてる!
私はパトリックの後ろ姿に手のひらをかざしながら、パトリックの名前を叫びつつ、階段をのぼっていく。
だんだん、黒い煙がとれるスピードが速くなった。
開いたままの手のひらから、花の種が飛び出て、ころころと階段を転がっていく。
パトリックのところまで、あと数段になった。この距離なら、なんとかなるかも!
私は、あらん限りの大声で叫んだ。
「パトリック! こっちを向いて!」
私の声に、パトリックが振り返った。
その瞬間、私は、首のあたりにめがけて、手のひらをむけた。
集中して、一気に黒い煙をすい取る。
パトリックが、すごい勢いで、咳き込んだ。
ゴホゴホゴホ……ゴボッ!
大きな黒い煙の塊がパトリックの口から吐きだされた。
パトリックの顔色がみるみる良くなった。
「ライラ……」
と、つぶやいたパトリックの目から、涙があふれだした。
そして、涙とともに、パトリックにまとわりついていた黒い煙も流れ落ちていく。
「ライラ、ごめん……。今まで、傷つけることばっかり言って、本当にごめん……。ライラと会うと、思っていることと違うことばかり口からでてきてたんだ。ライラを幸せにしたいと思ってたのに……」
え?! そうだったの?!
涙で洗い流された目を見れば、パトリックが嘘をついていないことは痛いほど伝わってくる。
「ちょっと、パトリック! 何、言ってるのよ!? あんな女、親が決めただけの婚約者でしょう!」
アンナさんが、黒い煙をあたりにまき散らしながら叫んだ。
「違うっ! 初めて会った時に、俺がライラを好きになったんだ。だから、父上に頼み込んで、ライラとの婚約をとりつけてもらった。……ライラにふさわしい男になろうと思ってたのに……俺は……なんてことを……」
「嘘よ! パトリックが本当に愛しているのは私よ! お兄様と比べられて悩んでいるパトリックのことをわかってあげられるのは、私だけでしょう!?」
そう叫ぶと、アンナさんが、パトリックの顔を両手でつかみ、また、唇を重ねようとした。
が、パトリックがアンナさんを力いっぱい振り払った。
バランスを崩したアンナさんは、階段に崩れるように座り込んだ。
「もう、やめてくれ、アンナ! 俺が愛しているのは、ライラだけだ!」
「あなたが愛しているのは、私よ! こんな女じゃないわっ!」
「いや、違う……。そもそも、最初からおかしかったんだ……。学園に入ると俺は成績が伸びなくて、先生方には優秀だった兄上と比べられてばかりいた。どんどん息がつまるようになった。だから、人目につかないところに行き、一人で悩んでいた。そんな時に、アンナは寄ってきた。最初は、なんで、俺が一人の時に近寄ってくるんだろうと不思議に思って警戒した。それなのに、何故か、アンナの顔を見ていると、何も考えられなくなって、そんな疑問もわかなくなってしまったんだ……」
「それは、私を愛してるから! だから、何も考えられなくなるのよ!」
「そうじゃない! 頭がすっきりした今ならはっきりわかる。君のことを愛してなんていない。ただ、君を前にすると思考がとまったようになって、不思議なほど君の言うことを信じてしまうんだ。理由はわからない。……でも、操られていたような感じだ……」
つまり、それって、魅了みたいな力で操られていたってこと……?
さっき、パトリックが口から黒い煙を吐き出したから、アンナさんの力から逃れられたのかな……。
パトリックは、アンナさんから視線を外し、私の方へ向かって階段を降り始めた。
すると、アンナさんもふらりと立ちあがった。
「パトリックは私のものよ! ほかの誰かに渡すくらいなら……」
そう叫んだと思ったら、パトリックの背中をめざして両手をのばした。
「パトリック、危ないっ! 後ろ!」
私の叫び声に、パトリックは振り返り、アンナさんの両手をなんとかよけた。
ほっとした瞬間、今度はアンナさんが、私のほうに視線をむけた。
「あんたさえ、いなかったら! ……あんたなんか、消えろ!」
と、アンナさんが叫び、私の方にむかって、両手をつきだした。
すると、アンナさんの両手から黒い煙がどっと出て、一気に私にむかって押し寄せてきた。
防ぐ間もなく、おなかにどんと衝撃がきた。
強い力で私の体が舞い上がった。
あ、落ちる……!
「ライラっ!」
パトリックが必死に私に手をのばす。が、届かない。
体が宙を舞って落ちていく。
もう、ダメかも……。
力を使いはたしたからなのか、意識も薄れはじめた。
なんとか残った意識で、これからおこるだろう衝撃に身構えた。
そして、何かにぶつかった。
が、想像していたような、痛みはない。
ああ、私、死んだのかな……?
だから、痛くないのかな……?
「ライラ!」
と、私を呼ぶ声が聞こえた。
なんとか、残った力を振り絞り、うっすらと目をあけた。
見えたのは、きれいな紫色の瞳。
「ライラ! 大丈夫かっ!?」
あれ、……もしかして、……アル?
でも、ここにいるはずがないよね……。
あ、そうか……。夢を見ているんだ、私……。
そう思った瞬間、何もわからなくなった。
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