第19話 もしかして

 廊下を曲がった先にあった、人気のない階段。そこを二人がのぼっていた。

 正確に言えば、アンナさんに腕をつかまれたパトリックが、ひっぱられるように、階段をのぼらされているという感じだ。


 もう、首から上ぐらいしかパトリックが見えないほど、黒い煙でおおわれている。


 そして、近寄ろうにも、私の足元まで黒い煙が流れてきていて、前に進めない。


 どうしよう…。

 でも、あんな状態のパトリックをこのままにしてはダメだ。


「パトリック!」

と、気が付いた時には、大声で叫んでいた私。


 二人が同時に振り返った。

 その途端、私と目があったパトリックは、「ライラ……!」と、悲痛な声で叫んだ。


「ライラ、これは、違うんだ!」

と、更に焦ったように叫ぶパトリック。


 まあ、仮にも婚約者の前で見せる姿じゃないもんね。焦る気持ちもわかる。

 

 でも、今は、そんなことはどうでもいいし、それどころじゃない!

 パトリックの顔色がひどすぎるよ。


 とりあえず、アンナさんと引き離して、黒い煙を少しでも吸い取らないと!


 と、思ったら、アンナさんが、パトリックにべったりともたれかかった。

 そして、私の方をにらみながら言った。


「ねえ、パトリック。私たちって、愛し合ってるわよね? あの人との婚約は破棄するのよね?」


「そんなわけないだろ! 俺は、ライラと結婚する!」

と、パトリックが、泣きそうな顔で叫んだ。


 すると、アンナさんの黒い煙が、パトリックに更に絡みつく。

 パトリックが苦しそうに顔をしかめた。


 早く、なんとかしないと!


 私の足元まで流れてきている黒い煙。見える私にとったら、黒い煙に突入していくのは、ヘドロの中へ突進していくようなものだ。

 が、覚悟を決め、ひたすら、足元の煙を手のひらで浄化しながら、階段の方へ近づいていく。


苦しそうなパトリックに、アンナさんがねっとりと話しかけた。


「なんで、そんな嘘を言うの? 田舎くさい婚約者は嫌だって言ってたじゃない。私の方が、ずっときれいで、愛してるって言ってたじゃない。ね、そうでしょ。ほら、私の目を見て、答えて。パトリック」

そう言うと、パトリックの顔に自分の顔を近づけた。


「……そうだった。……田舎くさいライラより、アンナのほうがきれいだ。アンナを愛してる……」

 パトリックは、感情のこもってない声で言った。


 もしかして、これって、完全に操られてるよね?


 なんとか、私は階段のすぐ下までたどり着いた。でも、二人との間には距離がある。

 これほど遠隔ではやったことはないけれど、一番煙が濃いパトリックの首のあたりにむかって、手のひらをかざした。集中して、吸い取るように動かす。

 

 せめて、そこだけでも煙を薄くできたら、パトリックが、少しは楽になりそうだから……。


 あまりに沢山の黒い煙だから、あっという間に、私の手のひらから、ぼとぼとと花の種がこぼれおちはじめた。

 どれも、アンナさんの髪の色と同じオレンジ色に、黒い線が入った種だ。

 

 つまり、黒い煙は吸い取れているということ!


 と、その時、正気に戻った顔で、パトリックが私を見た。


「ライラっ、こんなことになって、ごめん! ……でも、俺は、ライラが好きだ! 信じてくれ!」


 そう叫んだ瞬間、アンナさんが、パトリックの顔を両手でぐっとひきよせて、唇を重ねた。


 思わず、私は固まってしまった。

 唇を離したアンナさんは、そんな私を見て、妖し気に微笑んだ。


「フフ……、傷ついたかしら? どう、わかった? あなたなんて、ちっとも愛されてないのよ。私とパトリックは、こうして愛し合ってきたの。家柄だけで婚約者におさまったあなたなんて邪魔! パトリックと結婚するのは私なのよ!」


 アンナさんの金切り声に我に返った。


 はっきり言って、私は、婚約者の浮気場面を見せられて傷ついて固まったんじゃない。

 ただただ、アンナさんの邪気に驚いただけ。

 唇を重ねた時、黒い煙がパトリックの体内にも注入されたように私には見えたから。


 もしかして、パトリック自身から黒い煙がでるようになったのは、アンナさんから黒い煙を注入されていたためかも…。


 今や、パトリックの感情の感じられない顔は、操り人形のようだ。

 そんなパトリックをうっとりと見つめるアンナさんに、心底ぞっとした。

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