寄生する女性

三鹿ショート

寄生する女性

 私が仕事のために家を出たときと、帰宅したときの彼女の状態は、全く変化していなかった。

 帰宅した私に声をかけることもなく、寝台の上で胡坐をかき、それぞれの手に持った酒と本を楽しんでいる。

 私が干していた洗濯物を取り込むこともなく、夕食の準備もしていないということには慣れているために、怒りを抱くこともない。

 私が夕食を用意すると、彼女は感謝の言葉を吐くこともなく黙々と食事を進めていき、やがて再び寝台に戻っていく。

 その日の家事を終えた私が夢の世界に旅立とうとしている横で、彼女は変わることなく自分の時間を楽しんでいた。

 私は構うことなく眠り、目覚めると、彼女の朝食と昼食を用意した後、家を出た。

 その間、彼女はやはり、私に対して何の言葉も吐くことはなかった。


***


 彼女は、私の従姉だった。

 学生の頃の彼女は、学業成績も良く、運動能力も高く、生徒のみならず教師の信頼も集めていた優等生であり、私も彼女を尊敬していた。

 だが、私が一人で生活を始めたということを知り、転がり込んできた彼女は、それまでの評判が偽りだったのではないかと思うほどの自堕落な生活を送るようになっていた。

 当初は家事の手伝いを期待していたのだが、彼女が何も実行する気がないことを知ると、彼女の行為を一々咎めることを止めた。

 注意したところで、彼女がそれを改善させようとは全く考えていないことから、無駄な行為以外の何物でもなかったからだ。

 一方で、彼女に対する疑問が解消されていないことには、困っていた。

 何故彼女は自堕落な人間と化し、何故私のところへと転がり込んできたのだろうか。

 どれほど訊ねたところで、彼女は答えることなく、風呂や便所へと逃げ込むために、納得することができる回答を得ることができないでいた。

 彼女を支える生活に慣れてしまったものの、その疑問は何時までも私の頭の中に残り続けている。


***


 恋人が私の自宅を訪れるということを知りながらも、彼女はその場から動こうとはしなかった。

 せめて私の恋人が来ている間は、外で時間を過ごしてほしかったのだが、彼女は私の願いを受け入れることはなく、部屋から出なければ良いでしょうとだけ告げると、部屋の扉を閉めた。

 その言葉通り、彼女が部屋から出てくることはなかったが、扉の向こうに存在していることには変わりはないために、私は恋人と身体を重ねるようなことが出来なかった。

 後日、当時の私の態度に疑問を持った恋人がその理由を訊ねてきたために、私は彼女のことを語った。

 それを伝えると、恋人は困惑したような表情を浮かべた。

「それは、利用されているだけではないのですか」

 恋人に指摘されなくとも、理解している。

 しかし、追い出してしまえば、彼女が真面な生活を送ることができないのではないかという心配を抱いていることもまた、事実だった。

 それを伝えると、恋人は首を横に振った。

「あなたの人生は、彼女の面倒を見るためだけのものではないはずでしょう。彼女が存在していることで満足することができない日々を送っているのならば、明らかに邪魔者ではないでしょうか」

 恋人にそのように告げられ、私はあまりにも慣れていたために、思考を放棄していたのではないかと考えた。

 言われてみれば、彼女の両親は未だに健在であり、何故私が彼女の生活を支えなければならないのだろうか。

 私は即座に彼女の両親に連絡し、彼女を引き取ってほしいと告げた。

 両親は彼女が私のところで生活をしているとは知らなかったらしく、驚いたような声を出していた。

 数日後、彼女は両親に連れられ、私の自宅から姿を消した。

 彼女の姿が消えた室内を広く感じながらも、私は誰にも束縛されることがない毎日に興奮を覚えていた。


***


 数日後、私が呼び出したわけではないにも関わらず、彼女が再び姿を現した。

 私が許可していないにも関わらず室内に入り、内部を見回した彼女は、呆れたような声を出した。

「思っていた通りの事態ですね」

 それは、荒れ放題の室内のことを指摘しているのだろうか。

 自分でも分かっていたことだが、彼女の面倒を見ることが無くなったと同時に、私は身の回りに気を遣うことがなくなっていた。

 これまでは彼女を支えなければならないという思いから、自分を律した生活を続けていたのだが、その彼女が消えたとなれば、途端に緊張の糸が切れてしまうことは仕方のないことだろう。

 彼女は私に振り返り、肩に手を置くと、

「やはり、あなたは誰かが近くに存在していなければ、真面に生活をすることができないのです。だからこそ、私はこの場所で生活を続けていたのです」

 その言葉に、私は驚きを隠すことができなかった。

「それが分かっていたために、此処に転がり込んだというのですか。私が自分でも知らなかったことを、何故あなたは知っていたのですか」

「かつてあなたの両親が旅行で留守にしていた際、私があなたの家を訪れたことがあったでしょう。二日しか経過していないも関わらず、荒れ放題と化した家の中を見て、もしやと思ったのです」

「それならば、教えてくれても良かったではないですか」

「そのとき、私は指摘をしましたが、あなたは大したことではないというような態度をしていたではないですか。ゆえに、言ったところで無駄だと考え、私は何も告げることなく、あなたの家に転がり込んだというわけなのです」

 彼女はそう告げると、かつて使用していた寝台に向かい、これまでと同じような体勢で、自分の時間を楽しみ始めた。

 その姿を見て、自堕落な生活を送っているものの、彼女が他の人間を気遣うことができる本質は変化していないことを悟った。

 私は心の中で彼女に感謝の言葉を吐くと、部屋の掃除を開始することにした。

 彼女が働くことを嫌っているということを知ったのは、それから数年後のことだった。

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寄生する女性 三鹿ショート @mijikashort

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