第15話 カップルなんて聞いてない!

 極楽を感じるのも束の間だった。

なにせテーマパーク内は地獄のイメージからかとにかく暑い。

さっきから手汗どころか滝のようにダラダラと額を汗が流れていく

遠くには蜃気楼が見えていて、まるで真夏の現世のようだ。

地獄も現世もおんなじも物なのかもなと少々複雑な気持ちになった。


「神無さん?おーい」

「ん?二号ちゃんどうした?」

「いや、どうしたって…神無さんの方こそどこか考え込んでるっちゅーか…」

「ううん、なんでもないよ、2号ちゃんはどこ回りたい?」

「せやな…この釜茹でコーヒーカップがええな!楽しそう!」

「うぐ…」


 実は俺は三半規管がとてつもなく弱い、幼い頃遊園地に来て初めて気持ち悪くなった時に乗ったのはコーヒーカップだった。その出来事があった日から俺はコーヒカップに乗っている家族や友達を外野から撮る写真係になった。

あれから十数年ぶりのコーヒカップ…少なくとも二号ちゃんには迷惑かけないように頑張ろうと心に誓った。


 釜茹でコーヒカップの前までたどり着いた。

見た目は名前のままで釜茹での釜が柵の中でぐるぐると踊るように回っている。

正直言ってなんかシュールだ。順番待ちも少なくもう少しで入れそうだ。

順番待ちの列はイチャつくカップルで溢れていて、どことなく気まずい。


「神無さん、楽しみやね〜!」

「お、おう…楽しみだな…」

「やっぱりさっきからなんか変やね、神無さん」

「まさか………お腹が空いて元気でんとか!?」


 やっぱりちゃんと黒夢部長の作ったロボットだ。ポンコツなところも確実に備わっている。ていうか今食べたら乗った後確実にリバースしてしまうので食べ物が勿体無い!

 そんなこんなしている内に順番が回ってきて案内される。現世のコーヒーカップは色とか模様がついてるものが多いが釜には流石に色は塗っていない、全て漆黒だ。


 ゴゴゴっと音がしてから音楽が流れ出した。ポクポクポク、どっかで聞いたことのあるようなって…これお経だわ、これが地獄流のコーヒカップなのかよ、お通夜じゃん

すると床を釜が滑り始める。


「最初はゆっくり——

「てやああああああ!」

「ゆっくりって言っただろあああああ」

「あはははは!!」

「ちょ、ちょま…」

「うりゃあああああ!」

「ぎぇぇ……」

「キャー!!!」


 開始早々俺の静止は聞き流されすごい勢いで二号ちゃんはハンドルを回す

俺の視界はぐわんぐわんしていて2号ちゃんが三人くらいに分裂して見えている。

それでもハンドルを回す二号ちゃんの手は止まらない。いくらヘアスタイルが崩れようと、視界が回ろうと止まらない…

俺は釜の中にいる二分間の内、一分三十秒くらいはダウンしていた。

生まれたての子鹿のような足取りでよろよろと釜茹でコーヒカップを降りる。


「神無さん!?今そこで水買うてきますね!」

「二号ちゃん…トイレ行ってくる…」

「は、はい!行ってらっしゃい…」


 俺はヨボヨボのおじいちゃんのような足どりでトイレを目指す。

やばい、いまだに視界はグラグラとしていて不安定だ。

「もう…無理…」

遂に俺の身体は制御が効かなくなって前に倒れ込む。


 たゆん


 なんだ…?急に頬にマシュマロのように柔らかい感触が伝わる。


「きゃ…ちょっと…!大丈夫ですか!?」

「おい、私の彼女の胸を気安く触るんじゃない!」

「花子さんちょっと待ってください…!サングラス拝借失礼します…」


 急に視界が薄暗さから解放されて目が死ぬほど眩しくなる。

というかこの声、どこかで聞いたことあるような…

少しして視界が機能を完全に取り戻す。


「やっぱり、神無さんですね…」

「マジか、こんな所で何やってるんだよ」

「いや、あなたたちなんで仕事休んでまで二人で来てるんです?」


 仕事の日なのに地獄谷さんと花園さんがなぜか一緒に遊園地に来ているのに俺が突っ込むと、二人はきょとんとした顔で見つめ合う。


「今日、休みだけど」

「いやそれはどうでもいい、それより気になったのは、さっきの彼女ってなんなんですか!?彼女って…!」

「あ」

「え?」

「いや、口帰課長には秘密にして欲しいんだが私たち、付き合っているんだ…」

「えええぇぇぇぇぇ!?」


 冥界運行株式会社社内恋愛があって、地獄にも百合カップルはいるそうです。

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