第2話

それからファビオラは今日のマスクウェルとの顔合わせのために、ストーリーを思い出しては対策を考えて作戦を練り練りと練ってきた。

それはファビオラが紫と黒の毒々しい猫を連れた暗殺者に体をバラバラにされて殺される悲惨な結末や攻略対象者の一人で騎士であるトレイヴォンに惨殺される未来を変えるため。

そのために今日まで計画を立ててきたというのに、まんまと攻略対象者であるマスクウェルに一目惚れしてしまったというわけだ。


(……これも物語の強制力というやつかしら。悪役令嬢は断罪されて物語を彩れってこと?)


そもそもマスクウェルのリアル天使のような外見が悪いとは思わないだろうか。

ふわふわのライトゴールドの髪と赤色のメッシュ。

透き通るような琥珀色の瞳……目があった瞬間に思ったのだ。

彼は神様からの贈り物だと。


(神様、どうしてマスクウェル殿下はこんなに可愛いのでしょうか。こんなの無理だわ)


ファビオラがこの物語から退場するのは簡単だった。

マスクウェルの婚約者になることなく身を引けばいい。

断罪ルートを華麗に避けようと思っていたファビオラだったが、マスクウェルのあまりの美しさに完全にノックアウトしてしまう。


ファビオラになる前は、喪女のまま仕事に忙殺されて、いつの間にか朽ち果てた。

そしてファビオラになってこんなに可愛い容姿とお金を手に入れたのだから、自分だけを愛してくれる素敵な男性と結婚して、愛に溢れた家庭を築くぞと意気込んでいたのにも関わらず……マスクウェルに一目惚れ。


そして今日はマスクウェルとの二回目の顔合わせで、エマに準備をしてもらっていた。

婚約者になることを了承してしまったことを撤回してもらおうとも考えたが、心がそれを拒んでいる。


(で、でも……マスクウェル殿下が顔が良すぎるのがいけないんだし、わたくしはちゃんと身を引く予定でいるもの!これもマスクウェル殿下がアリス様が幸せになるために必要な儀式なようなものよ!うん、そうに違いないわ。ここでわたくしが婚約者にならなかったら物語が変わっちゃうもの!それはだめよね?)


そんな言い訳を繰り返していたが、気持ちには抗えなかった。


こうして悪役令嬢ファビオラ・ブラックに転生したアラサー女は………第二の人生を諦めることとなり、不幸にもストーリー通りに『ざまぁ』への階段を駆け上がることとなるのでした。



「………めでたし、めでたし」


「ファビオラお嬢様、くだらないことばかり言うのはやめてくださいませ」


「くだらなくないわっ!だって、こんな展開あんまりだと思わない!?」


「思いません。髪を結えるのでじっとしていてください」


「エマは超可愛いくせに超冷たいんだから」


「…………。意味がわからないので黙ってください」


「はぁ~~~」



大きな溜息を吐いたファビオラは、鏡に映った自分の姿を見た。

この国には珍しい黒髪に白のメッシュが所々に入っている。

瞳は林檎のような赤。まるで童話の中から出てくる魔女のような毒々しい色合いの女の子だ。

家名が〝ブラック〟に関係しているためか、ファビオラや家族は黒い瞳か黒い髪を持っている。


ここでマスクウェルとの準備の途中だが気分を切り替えて、ロマンス小説の舞台の説明をしよう。


まず、この小説のヒロインのアリス・レッド。

アリスはレッド公爵家の令嬢でマスクウェルの婚約者だった可愛らしい少女だ。

この国を古くから支え続けた古参の貴族で、アリスは攻略対象者のトレイヴォンと幼馴染。


ハート女王はマスクウェルとアリスの間を引き裂いて、国を守ることを選んだ。

婚約者だった二人は引き離されてしまう。

とは言っても、今の段階では十二歳なので、まだ愛とか恋とかではないようだ。

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