第8話

「痛みも肉も忘れたの二週間前なの」


鬼門である二週間前に触れられ、無我の時とは違い聞き流したくなるのはなぜか。

薄い唇が歌うように続ける。


「おかあさまが執り行った儀式が原因なの」


神が宿る器になんちゃらの、儀式。

ちりりと、炎の欠片が見えた気がする。

燃えさかる炎の奥で笑う、母。

落ちた神を彼の体に宿らせ、浄化させ神に戻す儀式。

成功したのかは定かではない。

持ち合わせの知識は曖昧で、探るのは面倒くさくて嫌になる。

嫌気がさすから、楽を選びたくて止めにする。

忘れる、ことにする。

全部忘れる。


「全部忘れて」


全部、忘れた。


「自分も忘れて落ち神と同じ姿の顛末なの」


落ちた神と、同じ姿。そ

う言われてふと、彼は右手を見た。

黒い異物がにょろりと、彼の意志に応じて動く。

そうだった、それもすっかり忘れていた。

自分は落ちた神と似た姿をしていたことを。

楽なほう楽な方を選んで、似せたのだ。

骨も皮膚も忘れて、意識しないでおくのがとても楽だったから。

だからひとは彼を簡単に見なかったことにできるのだ。

この町にいてさも当然の存在だから。


「忘れて忘れて」


そう、忘れて忘れた。

二週間前の、記憶もすっかり忘れた。


「人間味をなくして、痛みも感じない虚ろな体なの」


そう、痛みを忘れた忘れたかったから。

一番取り除きたかったから。

だとしても自分は人間だ。

落ちた神とはそこが違う。


「おねえさまに献身的で謙信なの」


それの、なにが、悪い。

姉のを信じることの、なにがいけない。

彼は神と同じ姿で、虚ろぎながら悠然と構える。

少女達はわずかに微笑み合って、忘れたはずの苦痛を彼に知らしめようとする。

いつもする。

嫌になる。


「生け贄にされたこと覚えてないなの」


「自分のことも覚えてないなの」


「こころを探す旅にでてるのなの」


少女達は驚くほど白い肌を透き通らせて、血管を晒しながら白い世界でひとりごちる。

同じ事を延々繰り返す寄生型人面植物かの如く。

薄皮に包まれた狂気的な肉塊と己を称して、胸底にナイフを突き立てるようにして言葉を吐かれる。


「空気と同じなの」


「風で体がかき消されちゃうの」


「忘れて忘れて」


それって生きてて楽しいの?


しんと、廃墟が静まりかえる。

遠くの方でカラスの鳴き声。

じりっと音が覗いた瞬間、少女たちは四散した。

彼を襲うためではない、戦うために。

殺し合うのではなく、戦い合う。

切磋琢磨しあい互い強さに磨きをかけていく。

傷だらけの廃墟で戦い続ける。

満身創痍の廃墟の中を、染み一つ無い白磁の肌を纏って少女たちは戦い続ける。

目的は皆無。

知りたければ、少女達に聞けばいい。

彼には聞く気はまったくないけれど。

空中のどこかで鍔迫り合いの音がして、ビルの一角がすぱりと切られ崩れ落ちる。

瞬く間に戦場と化した廃墟を、彼はあっという間に抜け出す。

あらゆるものから、逃げるようにして。

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