第15話 その、突然の別れは……(中)1/3
すでに日は沈みかけて、ちらちらと雪も舞っていたが、祥太郎は一高から帝国ホテルを目指して、足早に歩いていた。
それを心配して、田原と仁川と鴨井も、おのおの学生マントを翻して従ってきていた。仁川はマントに雪が積もるのが嫌なのか、こうもり傘をさしていた。
その仁川が、先頭を歩く祥太郎に声を掛けた。
「なあ木下、帝国ホテルに向かうんだったら、市電を使おうぜ?」
「いや、もしかしたら、途中のどこかで事故にでもあったか、ガス欠か何かで立ち往生しているかもしれない。だから俺は歩くよ」
そう言う祥太郎に、鴨井も口を開いた。
「俺たちがこうしている間に、実はもうホテルに着いてるかもしれないぞ?」
「だったらいいんだ。サシャの無事が分かれば、それだけでも出張ってきた甲斐があるってもんさ」
仁川と鴨井は顔を見合わせたが、田原は頼もしげに笑った。
「おう、俺は好きだぜ。木下の友だち想いは……。付き合ってやるよ」
そんな祥太郎たち一行が、ある通りの角を曲がったときだった。
すこし進んだところに、がやがやと人だかりができていた。
祥太郎は、思わず野次馬の一人のおばさんに声を掛けていた。
「何かあったんですか?」
「いや、そこで自動車事故があったのよ。雪でタイヤを滑らせたのかね……」
電信柱に、一台の黒塗りの乗用車が突っ込んで、ボンネットを大破させていた。大使館ナンバーの、ベンツだった。
人垣を割って入った祥太郎が、思わず声を上げた。
「これ、サシャたちの車だ……!」
「なんだと? 間違いないのか?」
「ああ、俺は二二六事件のとき、この車に乗せてもらったことがある。ナンバーが一緒だ……」
祥太郎は、先ほどのおばさんに聞いた。
「乗ってた人はどうなったんですか? 病院に運ばれたんですか?」
「いや、それが、私たちが音に気付いて集まったときには、もう誰もいなかったのよ」
田原が口を開いた。
「あちゃー……。事故ってたのか。道理でホテルに着いていないはずだぜ」
祥太郎は、静かに周囲を観察していたが、ややあって、雪が薄く積もっている地面を指さして言った。
「ただの事故じゃない。よく見てみろ」
「え……?」
「ベンツの前に、別の自動車のタイヤの跡がある。それも、ベンツの進行方向を妨害する形でだ。ということは……誰かが無理やりベンツを止めようとしたんだろう」
聞いていた田原も、仁川と鴨井も、思わず顔を見合わせた。
「じゃあ、サシャたちは……誰かに自動車で拉致された……?」
仁川が祥太郎に聞き返す。
「誰かって……誰だ?」
「分からない……ただ、もし拉致されたとしたら、相当手際が良い奴らの仕業だ。人が集まってくる前に、人間を二人、自動車に乗せて連れ去ったんだから……」
「……」
「とにかく今は、とりあえず、このタイヤの跡を辿ろう」
野次馬たちを事故現場に残して、祥太郎たちはタイヤの跡を追いながら走った。悪いことに、更に吹雪いてきていて、タイヤの跡は消えかかっていた。
気づけば陽も落ちて、倉庫街である通りには人気もなくなり、薄暗い裸電球の街灯の灯りが照らすだけになった。
いくつか角を曲がったところで、ついにタイヤの跡が消えた。雪に覆い隠されたからではない。そのタイヤの跡が、ある建物の中に続いていたからだ。
そこは、どこかの商事会社のものらしい、大きな倉庫だった。その大きな鉄製の扉は、固く閉ざされていた。明かりの一つも灯っている様子はなかった。
祥太郎は、その扉を見上げながらつぶやいた。
「と言うことは……サシャたちは、この中に連れ込まれている……?」
それを聞いた仁川が、怯えたような声を上げた。
「だ、だとしたら……こ、これ以上は無理だろ! 警察を呼ぼうぜ!」
その仁川に、鴨井が冷静に言い返す。
「なんて説明するんだ? 友だちが中にいるかもしれないから、代わりに探してくれませんかって言うのか?」
「でも、状況からして、誰かに捕まってるのかもしれないんだろう?」
「それは……」
しばらく沈黙が流れたが、それを田原が破った。
「……よし、俺が先に行く。この倉庫を調べるぞ。仁川はここに残って、十分経っても俺たちが戻らなければ、警察を呼べ。木下と鴨井はついて来い」
田原と祥太郎と鴨井は、倉庫の側面にあるであろう作業員用の通用口を探すべく、倉庫と倉庫の間の狭い空間に消えていった。
ぽつねんと残された仁川だったが……。
「……ああくそっ!」
仁川も、祥太郎たちの後を追った。一高生にとって、級友を見捨てることは、恥に等しい所業だったのだ。
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