道路脇銀匙あかいもの

狐照

道路脇銀匙あかいもの

すっかり疲れてバスを降りた。

今日の晩飯は何を作ろうか。

それにしたってまた急に寒くなっていやになる。

一人鍋でもするか。

なにかあったか?

なんかあったろ。

延々鼻炎の鼻を啜って、まだ停まってるバスの横を抜けようとした。


バスの車体と家屋の間は狭いので足元注意だ。

マフラーがタイヤに巻き込まれて事故ったら、恐いからだ。

そんな想像をしてしまう。

大変だ。

大変だろう。


そんなんだから、たまに変なものを見つけてしまう訳で、今夜も見つけてしまったよ。

ぶっといタイヤのその横に、灰色に灰色重なった影の横、スプーンが、落ちていた。

なんでこんなとこにスプーン?


バスが発車するのを待ってから、俺は道路に落ちていた銀の匙を拾い上げた。

都会の夜の微妙な明かりの下、銀色スプーンにはなにか、赤い物がついていた。

苺でも食ったのか?

こんなでっかいスプーンで食うか?


手にしたそれはしっかり冷えていた。

拾っておいてなんだが、捨てるか。

意味、分かんないしな。


そう思って、真横にあるマンションの花壇に置いてこうとした。


ざり、誰かの足音。

音につられて顔を向ける。


灰色のパーカーを着た、青年がこちらを見て微笑んでいた。

真後ろに立ってたからめっちゃ驚いた。

いい年なんでノーリアクションに徹した。


青年は、なにか片手に抱えてた。

赤い物ぽたぽた落ちる。

苺汁かー。


フードを被って隠してるつもりなんだろうが、癖っ毛の白髪が窺えた。

長身で中肉なご様子だし、パーカーのフード被ってるのが似合ってるし、いやに整った顔してるし、さぞやモテるんだろうなぁ。

そんなことを思っていたら、手を差し出された。


なんだ?

うん?


俺は意味が分からず、とりあえず愛想笑いを浮かべてみた。

すると青年もにこって笑ってくれた。

これは完全に俺に用があるってことか。


黙っていても話が進まなそうなので、俺は大人の対応力を見せることにした。


「えーと、何か御用ですか?」


お仕事用の仮面をつけて問う。

すると青年は俺の手を指差した。

指し示す人差し指の爪の先、そこにはスプーン、ああ、スプーン。


「…これ、君のだったのか」


そう言うと青年が嬉しそうに歯を見せた。

綺麗な歯並び、ちょっと赤いのついていた。

苺ついでんぞー。


俺ははいどうぞとスプーンを渡す。

そして、じゃ、って帰ろうとした。

だって仕事帰りで疲れてんだもん。

お腹だって空いてるしね。

ではな青年。

さらばだ。


なのに足が固まって動かない。

上半身がぶるぶる震えてる。

寒いから、だ。


青年は何処までも裂けてしまうような口開けて、抱えてたものを胸の前に、俺が拾ったスプーンで中を混ぜ混ぜ、あかいのすくってぱくっと一口。

おいしって、顔する。

もにゅもにゅ咀嚼する。

そして歯を見せて笑った。

真っ赤な、歯だった。


なんとも言えないお顔だった。

多分、女性。

綺麗めな方。

耳のピアス可愛いです。

僅かに開いた口に髪の毛ついてる。

あるべきいろんなの欠けてる。

大事な部分夜空に晒されてる。

青年が開けられたそこスプーンでかき混ぜちゃって、取り返しはつかない。


青年と、目が、あった。

合わされた。

にこにこしてる。

スプーンでかき混ぜてる。


す、っと、口元にスプーンが運ばれる。

俺の口元に運ばれる。

俺は、ゆっくり、口を開けた。

冷たい冷たいなまめかしい。


めまいがした。


ごくりと。


きづいたら食べて、飲んで、肚に、おさめてた。


「ふふふふ、ふふふふふふ!」


青年が嬉しそうに笑った。

綺麗な顔だった。

よくわかんねぇけど、なんかサイコーだなって思った。


青年が抱えてたもの捨てた。

ああここは道路なのに。

明日また俺歩くのに。

車も自転車も人も結構通るのに。


真っ赤な手が俺の手を掴む。


「ふふふふふふふ!」


笑ってスキップするように歩き出されて、俺の足の呪縛は解かれ連れ去られる。

ふふふと笑う青年に俺はなにも聞けなかった。

握ったスプーンが色んな灯で光って眩しい。

ごくりって、唾を、飲んでしまう。


ふふふ、笑う背中に、俺も笑ってしまってた。

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道路脇銀匙あかいもの 狐照 @foxteria

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