第31話

 バスに乗り込んで、気づいたら学校に戻ってきていて、解散となっていた。

 ぼんやりとまわりを見ていると、小南こなみと目が合った。気まずそうに目をそらされる。小南らしくないな、と思った。

 まだ日は高い。当たり前だ、夏なんだから。

 だれも話しかけてこないのが、とてもありがたかった。なんだか、疲れた。いまだれかと話すのは、億劫だ。

 いつもなら、柚樹ゆずきたちと帰るのだけど、今日は一人で帰路についていた。

 日差しが照りつけ、熱を帯びたコンクリート。街路樹から騒がしく聞こえる、セミの鳴き声。……暑い。

 駅にたどり着いて、ホームまでの階段を上がる。ちょうど下りの電車が出て行ったばかりで、次の電車が来るまで少し待つ。

 向かい側のホームに、上りの電車が到着する。ひとが少し吐き出されて、それ以上の人数が乗り込んでいく。学生が多い。天神てんじんに遊びに行くのだろう。

 もう少し待っていると、下りの普通電車がやってくる。乗り込んで車内を見回すと、席はがらんと空いていた。けれど座る気になれなかったので、ドアの近くに立って、窓から外を眺めた。

 電車がゆっくりと動き出して、少しバランスを崩す。

 景色が流れていく。

 三駅目。春日原かすがばる駅に着いて、俺は電車を降りた。降りるひとはまばらだ。重い足取りで階段を上がって下りて、改札を出た。目の前の横断歩道をわたって、こじんまりとしたアーケードを通り抜ける。通路を抜けてちょっと行くと、龍神池りゅうじんいけがある。一瞬立ち止まってふと目を向けると、日差しを浴びている亀を見つけた。また歩き出して、すぐに家にたどり着く。

 家の中は、がらんとしていた。シャワーを浴びて、俺は自分の部屋に引きこもる。ベッドに転がり、左腕で目元を覆った。

 七回裏の、二点適時打タイムリー

 十三回裏の三塁打。そして、ショートゴロ。

 瞼の裏で何度もフラッシュバックする。

「畜生」

 しびれていた感情が、ふつふつと湧き上がってくる。勝ちたかった。ずっと野球に対して真摯に向き合わなかったのに、そんな感情を持つなんて何様だろうと我ながら思う。その程度の努力が報われるなんて、虫のいい話だとわかっている。それでも、いまさらながらに思う。本当にいまさらだ。

 勝ちたかった。

 ――勝ちたかったんだ。

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