ビルの屋上は銀河

藤泉都理

ビルの屋上は銀河




 きぃきぃちゃぷちゃぷ。

 音を鳴らしながら小舟を進める。

 きぃきぃちゃぷちゃぷ。

 櫂が動かす小舟と海の音が続く。

 きぃきぃちゃぷちゃぷきぃきぃちゃぷちゃぷ。

 静かな世界に静かな音を鳴らしながら辿り着く。

 かつて約束を交わしたビルの屋上の、さらに上へと。




 いつか。

 いつかスペースデブリをすべて排除して、本物の銀河を目にしよう。

 強い志を持って、自分たちはこのビルの屋上に立って天空を見上げる事を夢見ていた。

 いつか必ず。

 胸を躍らせていたのに。

 世界は一変した。

 残酷にも。

 自分たちは分け隔てられた。




「よいしょっと」


 小舟に詰め込んでいた布の大袋を抱えて、小舟から落ちないように気をつけながらぐるぐる回り大袋の中身を海へと放り投げて散らばせる。

 何度も何度も何度も放り投げては、散らばせる。

 小さな紙風船を。

 海に触れれば光る紙風船を。


 世界は一変した。

 すべての建物は海の中へと消えて行った。

 すべての人間は二種類に分け隔てられた。

 海の中で生きる人間と海の外で生きる人間。


 あいつは海の中で生きる人間に、自分は海の外で生きる人間に変わった。

 変えられた。

 性質や姿かたちだけではなく、言葉すら。

 道具を使えば、海の外の人間が海の中に入れるし、海の中の人間が海の外へと出る事はできるが、とても短い時間だ。


「やる事は山積みだ」


 地球に、現状につきっきりで、宇宙に手をかけられなくなった。

 スペースデブリを排除して本物の銀河を見るという自分たちの夢は遠ざかるばかり。

 けれど決して諦めないという意志表示を見せたかった。

 自分にも、あいつにも。


「いつか必ずまた一緒に働こうな」

「カラリコウメナウチ」


 すべての紙風船を海に散らばらせてのち、道具を身に着けて海の中へと入り、海の中に入ってしまったビルの屋上へと降り立ち、すでに待っていたあいつと見上げる。

 様々な色が時に淡く、時に強烈に光る紙風船の銀河を。




 そのニセモノの銀河に自分は誓う。

 今はまず、厚い雲に覆われて星ひとつすら見られなくなった天空を取り戻す事に全力を注ぐ。











(2023.8.27)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ビルの屋上は銀河 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ