【通達文】職業体験を単位化します。

水野 文

第1話 職業体験のはじまり

『通達文

2075年4月より、全国高等学校に対し、職業体験の単位化を発令する。生徒は各職業につき、定められた単位を取得することとし、その個人別の成果を、就職時の採用指標として利用することを認可する。』



僕が気まぐれに引いた線は、横にゆっくりと伸びて、その先が見えなくなるくらいまで伸びていって、あとはさっさと教室を出て行ってしまった。

出ていった線と入れ替わりに、魔法少女の佐草玖名(さくさくめい)が堂々たるハイウェストのプリーツスカートを太ももあたりで揺らしながら、2年零組の教室に入ってくるのが見えた。このまま見守っていれば、前回見逃した放送を再上映してくれるかもしれないけど、どうせお決まりの勧善懲悪だし、僕らくらいの年齢が本腰入れて盛り上るほどの内容でもない。ただ、習慣的に観ているだけだ。

とは言え、2年零組にはスーパーヒーロータイムの登場人物の職業を割り当てられた生徒があと3人もいて、正直うんざりするほど賑やかだ。確かに、昔は誰だってヒーローに憧れていたけれど、高校生にもなってどうして熱血のリーダー役レッドにならなくてはいけないのだろう。クラス替えのくじ引きで僕がそのどれも引かずにすんで、心の底からほっとした。

こんな訳のわからないクラスになってしまったのは、何もかも少子化のせいらしい。2年前に政府は、教育委員会にある通達を行った。それは、少子化が行き切るところまで行ききって、仕事も研究開発もAIと工業用ロボットに置き換わり、人間の存在意義が薄らいでいるという社会的状況から発令されたものだった。毎年わずかに産まれる子どもたちには、無償で高等教育が施されていたけれど、現実的に就職先がほとんどないのだ。数少ない仕事は、寿命の延びた大人たちに独占され、ポストが空くのを誰もが順番待ちしている。しかも、贅沢をしなければ、働かなくても国からの給付金で生きていけるのだ。これではますます仕事をする意味も意義もないではないか。政府は、そんな時代に生まれた僕らが、将来に何の希望も持てず、ますます少子化を加速させると危機感を持ったらしい。そこで発令されたのが、職業体験の単位制度だった。

高校生になると必ず、一つの職業を割り当てられ、一定の単位(ポイント)を取得すると、また新たな職業を選択することになる。そんな感じで単位を積み重ねていくと、なんと将来就職するときの採用面接に有利になるというのだ。

そもそも働かなくても食べていけるならそれでいいのでは?と思わなくもないけれど、世の中はどうやらそういう風潮ではないらしい。働かなくなった大人たちが巷で溢れかえってゾンビ状態になっている映像は、ネット界隈では有名すぎるほど再生されている。ショート動画で貞子のテーマソングに合わせて街を徘徊する大人たちの映像は、正直ぎょっとするほどの出来栄えだ。というわけで、誰も働かずに食っていこうなんて考える子どもたちはいないってことだ。

まあ、職業を自分で選択できる高校は少なくて、実際はうちの学校みたいにくじ引きなのだ。その方が文句なく楽に分配できるし、自由にやらせてユーチューバーが百人もできたら困るからだ。あくまでこの世には色々な職業があることを知ってもらうことが、政府の目的なのだから。

そして僕が引いた職業は、『漫画家』だ。絶望的に絵描きのセンスがない僕だが、割り当てられた以上は単位取得のために頑張るしかないのだ。毎日、休憩時間も惜しんで机に突っ伏して漫画を描いている。まず、書き方が分からないが、見よう見まねで線を引いて、コマの中に人を書き込んで、隙間にコメントを入れて。毎日毎日書いている。誰も読んでくれるわけではないが、枚数稼ぎは単位稼ぎだ。

そうやって描いているうちに、あるときふと面白いテーマが浮かんできて、それを忘れないように授業もそっちのけでラフ案を描きなぐった。のめりこむように描いているうちに、何やらその線がふやふやと動き出して、紙から浮かび上がってきているような気がしてきた。集中しすぎて目がおかしくなってしまったのかと思ったけれど、その浮き上がった線は確かに、僕が今描いた人や言葉たちで、わずかに震えながら風船のようにちょっとずつ上に昇っていく。

「ちょっと、十文字くん!なにをやっているの!」

数学の増街(ますまち)先生が、甲高い声で怒りはじめたのもよく聞こえなかった。クラスのみんなの目線が僕の頭の上で浮遊している、漫画の主人公たちの輪郭に釘づけだった。

「ああ、ええああと」

僕が腰が抜けたようにあわあわしていると、

「十文字くん、危ないわ!そこをどきなさい。」

 と後ろからハリのある佐草さんの声がした。どきなさいと言われても、どこにどうどけばいいのか、何が危ないのかわからないので、僕はそのまま棒立ちになっている。

「もう、しょうがないわね!」

だんだんっと何か強い足音がして、後ろの席から佐草さんが飛び出してきた。軽々と他人の机を踏みしめて、ふわっと浮き上がると、プリーツスカートがめくれあがって、一瞬おおっという声がどこからともなく聞こえてくる。でも、残念ながら子ども番組用の魔法少女にはそういうサービスシーンはないので、佐草さんはしっかり中にスポーツ用のタイツを履いている。

「ぷるるん☆フラッシュ・レモネード・シャワー☆」

 ん?と思っているうちに、何だか僕の目の前にきらきらとした光が降り注いだ。

「おおー!」

 クラス中にどよめきが走り、佐草さんが魔法少女らしく、くるくると回りながら僕のそばによってきた。

「十文字くん、大丈夫?怪我はない?」

「え?あ、うん。」

「よかった!私の生命の泉のプレシャスパワーで、危険はなくなったわ。みんなもこれで安心よ!」

「おおー!魔法少女、ありがとう!」

という感じで、シリーズ2話目っぽい一連の盛り上がりを見せて、チャイムが鳴った。

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