第4話 部長と告白



//SE フライパンで具材を炒める音



「今さらだけど後輩くん。家の人に連絡とかした?」



「うん、ならよかった。ご飯を食べていくならさすがに連絡くらいはしないとね」



「といっても、元々僕一人の予定だったから大したものは作れないけど」



「簡単な和風パスタになるけどいいかな?」



「うん、味には期待してくれていいよー。作り慣れた料理だからさ」



「さて、後は茹でたパスタを加え炒め」



「バターと合わせ調味料、みりんと醤油と料理酒を同量ずつ混ぜたものを入れて」



//SE フライパンに液体状の調味料を投入する音



「混ぜ合わせ、味を調えたら完成! 僕特製和風パスタだよ」



「ふふっ、食欲を誘う匂いでしょー」



「じゃあ、できたての内に食べようか」




// 少し時間が経って次の場面へ




//SE 手を合わせる音



「いただきます」



//SE 咀嚼音



「どうかな。口に合った?」



「そう、良かったよ。……うん、今日もいい出来」//一口食べて



「やっぱり醤油とバターの組み合わせは外れがないよねー」



「ポップコーンやジャガイモとか。どれも間違いなくおいしいよー」



「ああ、コーンのバター醤油炒めもいいね」



「……でも不思議な気分だよ。パパ以外とうちでご飯を食べるなんて」



「うん、小学校に入る頃にはもうパパと二人暮らしだったから」



「まあ、今時珍しい話でもないしね。両親の離婚なんて」



「お母さんの顔もほとんど覚えていないし。……ずっと会っていないから」



「ああ、ごめんね。つまらない話しちゃって」



「今はせっかくの後輩くんとの食事を楽しまないとねー」



「うーん、ベーコンもおいしい。やっぱり、大きめにカットして正解だね」//一口食べて



「おっ、後輩くんも同意見か。やっぱり気が合うねー」



「でも、今度うちに来た時はもうちょっと手の凝ったものをご馳走してあげるよ」



「材料さえあれば、もっとおいしいものも作れるんだからね?」




// 少し時間が経って次の場面へ




//SE 水道水で食器を洗う音


//SE 食器を拭く音



「ごめんね? 後片付け、手伝ってもらっちゃって」



「ご馳走になったから当然? もう、ちょっと格好付けすぎだよ後輩くん」



「でも、ありがとう。おかげですぐに終わったよ」



「じゃあ、片付けも終わったし。……そうだ」



「後輩くん、僕の部屋に来ない? さっき言ってた蔵書、見せてあげるよ」



「ふふふっ、ファンとしてはもちろん本好きとしても僕の蔵書興味あるでしょ?」



「本棚を見るっていうのはそれだけで色々わかるものがあって楽しいからねー」



「……あと話したいこともあるし、ね」



「それじゃあ、行こうかー」




//SE 扉を開閉する音




「じゃーん、ここが僕の部屋だよー」



「……なんか思ってたのと違うみたいな顔してない?」



「毎日とは言わないけど定期的に掃除はしているからねー」



「そんな足の踏み場がないくらいにものを散乱させたりしないよ」



「そもそも、本以外のものは収集癖がないし。家具もシンプルな方が好きだからね」



「本も電子書籍があるから。紙の本は厳選したものしか置いてないよ」



「では、僕の本棚をご覧あれー」



「ふっふー、中々のものでしょ」



「小学校の頃からずっと集めてきたコレクションだからねー」



「中にはパパの協力もあって手に入れた稀覯本きこうぼんの類いもあるし」



「うん、読みたいものがあったら手に取ってもいいよ」



「そうだねー。フローリングに直接座るのもあれだからー」



//SE ベットに座る音


//SE ベットを軽く叩く音



「ベットに座って読みなよ。何なら寝転がってもいいよ」



「えー、別に気にすることないよ。友達の家のベットに座ったことくらい君もあるだろ?」



「それとこれとは別? 椅子の方を貸して下さい?」



「だーめ。そのチェアは僕限定なんだよ」



「……そうだねー、本当のところは」



「君に隣にいて欲しい気分だから、って言ったらどうする?」//低い声で



//SE 少し間が空いた後にベットに座る音



「ふふ、ありがとう。やっぱり後輩くんは優しいね」



「もう拗ねないでよ。別にからかったわけじゃなくてさー」



「……本当に嬉しいんだよ?」//囁くように




// 次の場面へ




//SE 本の頁をめくる音(二人分。少し長めに)




「……ねえ後輩くん」//呟くように



「僕の読書である君ならもう気づいたと思うけど」



「僕の書いた小説の主人公達は皆、何かしら僕と重なる部分があるんだ」



「そうだね。母親がいなかったり、理解のある父親がいたりと」



「現実の僕と同じ要素を持っている。もちろん、性別やら意図的に変えている部分も沢山あるけれど」



「でも、どの主人公にも共通しているものがある。……君なら言わなくてもわかると思うけど」



「うん、正解。さすが後輩くん」



「君の言った通り、それは孤独だよ。みんな、何かしらの孤独を抱えて彷徨っている」



「……そしてそれは僕由来のものだ」



//SE ベットの上に仰向けになる音



「……こう見えてね。子供の頃は神童なんて呼ばれていたこともあったんだよ?」



「今も勉強は出来る方だけどさ。当時は本当にずば抜けていたんだ」



「その上で人の機微にさとい子だった」



「もう朧気おぼろげな記憶だけどね。相手の心を見透かすようなことを言った覚えがある」



「今考えると嫌な子だよねー。自分でもそう思うよ」



「…………お母さんは、そんな私を受け入れることが出来なかった」



「忘れられないんだ」



「まるで、別の生き物を見るような目を向けられたことを」



「両親が離婚したのはそれからまもなくだったよ」



「離婚した原因は、色々ってパパは言っていたけど」



「その中の一つに、僕の存在はあった思う」



「それからかな。ずけずけ人にものを言わなくなったり」



「他人と深く関わろうとしなくなったのは」



「誰とも浅く、フラットに人と接するようになった」



「嫌われないように、程良いくらいの好意を持たれるように」



「つまるところ、臆病になったんだよ。人と関係を持つことに」



「でも、心のどこかでは求めていた」



「自分を理解してくれる相手を、心情を吐露とろする手段を」



「そんな時、目に留まったのが慣れ親しんだ媒体ばいたいである小説だった」



「元々、本を読むのは好きだったし家には小説が沢山あった」



「おまけに、その道のプロが同じ屋根の下にいるとなれば後は行動あるのみ」



「夢中で書くことを始めた」



「もちろん環境と努力もあるけど特性の影響もあったと思う」



「人の機微に敏い、そんな疎んでいた能力が小説を書く上では役にたった」



「僕の作品が心情描写を評価されることが多いのはそれが原因だろうね」



「……パパから合格を貰って、応募した小説は嘘みたいに審査を通過していった」



「うん、それがデビュー作。君が少ないお小遣いを捻出ねんしゅつして買ったと言っていた作品だよ」



「こうして僕は、あっという間にプロ作家への階段を駆け上ることになった」



「うん、覆面作家になったのはパパの意向が大きいかな」



「まだ未成年な上に、小説家の娘となると変に騒がれることになりかねないからって」



「出版社としては話題性のために、女子中学生作家として売り出したかったみたいだけど」



「まあ、そこは大人の交渉があったみたい」



「……一作目が想定より売れたことで、すぐに二作目に取りかかることになった」



「一応、学業優先ではあったけど僕も書くことに夢中になっていたから」



「筆が乗って、あっという間に書き上げた作品は新人の登竜門と言われる賞を受賞」



「後は君も知っての通り、色々な偶然も重なって大ヒット。僕も人気作家なんて呼ばれることになった」



「……でもね」



「元々の目的、自分を理解してくれる相手には出会うことができなかった」



「もちろん、編集者さんや業界の人は優れた目を持っていた。けれど僕が求めていた人とは違った」



「パパの場合は距離が近すぎた。何より、師匠でもあったからね」



「あまりに僕を、作品のことを知りすぎていた」



「……このまま、自分が求めている相手とは出会うことができないのかもしれない」



「いつしか、そう思うようになっていた。…………思っていたんだ」



「後輩くん、君と出会うまでは」




// 次の場面へ




「あの日、君が読んだ文集の作品のことを覚えているかい?」



「うん、君が僕の正体に気づくことになった短編。実はね、あれ」



「誰かに僕の正体に気づいて欲しくて書いたんだ」



「……ここまで話を聞いていたら驚かないか」



「うん、表面上はブラックなSFコメディを装ってね」



「でも、根本の部分はいつもの僕の作品と同じ。孤独にまつわる物語だった」



「後輩くんは見事そこを突いて僕の正体に気づいたけど」



「実は他にも色々仕掛けはあったんだよ?」



「……あっ、やっぱり気づいてたんだ」//少し嬉しそうに



「作風やジャンルこそ違うけど、後輩くんが指摘したように他にもヒントはあったんだ」



「それこそ僕の作品を読み込んでいればわかるように」



「…………でも駄目だったんだよ」



「先輩達も、顧問の先生も、誰一人として気づかなかった」



「あれだけ目の前で、僕の作品について語っていたのにね」



「……本当はね。文芸部をやめるつもりだった」



「でも最後の賭けのつもりで、新入生の見学期間までは在籍することにしたんだ」



「そして君が現れた」



「僕の正体を見抜き、誰よりも作品を理解してくれる君が」



「大袈裟だって思うかもしれない。でもね、あの日から君は」



「僕にとって代わりのいない特別な存在になったんだよ」



「……今日、部室で見抜いた理由を知ってからはもっとね」



「口実を考えて君を家に誘ったのは、その喜びが抑えられなかったから」



「君の小説家になる夢を応援しているのも」



「もっと近づきたい、同じ作家として思いを共有したい」



「そんな身勝手で重い、一方的な感情が僕いや」





「『私』の中に募っているから」




「……受けいれて欲しいとは口が裂けても言えない」



「本当はずっとこのまま、ただの部長と後輩という生温い関係でいた方がいいと思っていた」



「でも駄目だった」



「君の傍にいると、抱えているもの全てが溢れ出てしまう」



「初めてなんだ、こんなの。自分でも制御できない感情なんて」



「…………だからね、後輩」



「受け止められないと思ったのなら、このまま帰って――」





//SE 部長を抱きしめる音





「……えっ?」



「こ、後輩くん? その、何で」



「こんな話を聞いた上で、どうして私なんかを」



「……ああ、そうか。そうだったね」



「私が君と出会う前から」



「君は作品を通して私と出会って触れていてくれてたんだね」



「自分の方が前から好きだった、なんてもう」



「本当に君は嬉しいことを言ってくれるよ」



「……ああ、だから私からも言わせてもらうよ」



//SE より強く抱きしめる音



「好きだよ、後輩。今までも、これからもね」//耳元で囁くように

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