第10話 生贄①

 オリビアは村へと足早に急いでいた。

 ようやく村を出る決心が付いた。後は殆ど無いと言って良い程度の荷物を纏め、早ければ今日にでも村を出るつもりだ。


(これだけあれば、暫くは持つよね)


 ルシウスが影の中へと潜った後も、オリビアは更に薬草を摘んでいた。毎日採る為、腰に下げた籠はあまり大きくはない。それでも、溢れそうになる位、めい一杯摘んできた。


 唯一心残りである巫女に、少しでも多くの薬草を置いていきたかった。出来る事なら、村を出る前に最後に一目会いたい。唯一、人として接してくれた礼が言いたかった。しかし、会わせてもらえないだろう事は理解していた。


 村への帰り道、色んな事が頭を駆け巡る。自分がいなくなったら、村の連中は喜ぶだろうか。村を出たら何をしよう。色んな場所へ行き、色んな人に会ってみたい。ルシウスのことがもっと知りたい。これからもっと仲良くなれるだろうか。


 期待と不安が入り交じり、久しく感じた事のない胸のざわめきが何とも歯がゆく感じた。林を抜けるともうすぐ村が見えてくる。

 何と言って村を出よう。もしかしたら、こっそりいなくなった所で、誰も気づかないかもしれない。

 そんな事を思いながら林を抜けた。

 

 最初に目に飛び込んできたのは、村中におびただしく張り付く、あの時の忌まわしき綿毛だった。

 ドロッとした、黒と黄色の二色の綿毛。地面や建物、そして目の前の子供にまで、濡れた綿毛は張り付いていた。あの時の恐怖が再び蘇る。

 今の自分になら、あの綿毛をどうにか出来るかもしれない。そう思い、オリビアは咄嗟に子供に駆け寄った。


「近寄らないでッ!!」


 その怒声にも似た叫び声に、オリビアの脚がすぐに止まる。

 近くにいた母親が慌てて駆け寄り、子供を抱きしめる。子供を背に隠すと、母親はオリビアをキツく睨んだ。その瞳は、怯えや怒りを含んでいた。


 これが、魔女と呼ばれるようになったあの日から、日常的に向けられる目だった。怪我をした子供を治癒したくても、させてもらえない。


 これ以上無理に近づけば、村中から怒りを買い、殺されてしまうのはオリビアの方だった。

 今まで無事でいられたのも、オリビア自身がこの村で、無害であり続けたからに他ならない。虐げられ続けても、ただひたすらに黙って過ごして来た。

 そうでなければ、今頃は暴徒と化した村人達によって、排除されていたに違いない。


 だから遠巻きに見守ることしか出来なかった。

 しかし、今回の綿毛は死に至る呪いだ。目の前の母子共に、二色の綿毛が張り付いていた。きっと他の人達にも付いている。

 このままでは一夜にして村の全員が死に至る。簡単に引き下がれるものではなかった。


「お願いします、治癒をさせて下さい! じゃないと、二人共死んでしまいます!」


 助けたい一心で何とか説得を試みる。しかし、返ってきたのは恐怖に引き攣った顔と、怯える悲鳴だった。


「イヤアアアッ!! 魔女に呪われたッ!! 誰か早く来てッ!!」


 その声に反応して、一人の青年がオリビアを指さし大声を上げた。


「魔女がいたッ!!」

 

 その手にはくわを持っている。声に気づいた村の連中が次々に武器になりそうな農機具を手に、オリビアを一斉に取り囲む。


 刃物ではなく、あくまでも農機具を持ち出したのは生捕りという理由もあるが、一番の理由はその長さにあった。

 近づけば呪われる魔女相手だ。極力近寄らずに済む為には、農機具が一番都合が良かった。


 騒動の人混みを掻き分けて、ヨルドも駆け付ける。


「遅かったな、逃げ出したかと思ったぞ」

「これは……どういうことですか!?」


 村全体の様子がおかしい。全員が殺気だっている。

 オリビアに敵意を向ける者が大半の癖に、何故かオリビアを見つけ、安堵の表情を浮かべる者も少なくない。

 そのいつもと違う違和感が、オリビアにより不安を与えた。



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