第56話これからは本当のあなたを見られるのは私だけ。
「なんて、ひどい教えなのでしょうか。私の可愛く優しいエレノアが、またそのような考えにとらわれないかが心配です。やはり、危険な帝国の首都行きは中止した方が良いと思われます。エレノアの心は私が守りますよ。」
レイモンドは私を抱きしめて、私の頬に手を添えて明らかに口づけをしようとしてきた。
「何を考えているのですか、口づけは結婚式の誓いの口づけの時にすると言いましたよね。あなたはいつだって周りに見られていることを気にした方が良いですよ。今、口づけをしていることを周囲に見られたら周りは私たちが正式に夫婦になる前から、深い関係にあったのではないかと疑います。サム領の民の貞操観念の高さはあなたも理解しているはずです。」
レイモンドはいつだって自由な言動を繰り返すので、私はきっとまた危ない行動や言動を彼がするのではないのかと思って今は人払いをして彼と話している。
そのようなことをしても、誰かに聞かれていることがあるのは彼自身が一番わかっているはずだ。
明らかに私がアカデミーにいた頃、彼は密室で私とフィリップ様やハンスがしていた彼の知るはずもない会話を知っていた。
自分がスパイを送り込み、会話を盗聴するような真似をしていたくせに自分の会話が盗み聞きされているとは想像しないのだろうか。
「深い関係と言えるようなことはエレノアに禁止されてできていませんが、もっと大人の口づけもしたことがありますよね。帝国からアーデン侯爵夫妻が来られた時は、エレノアから私に口づけをしてくれたではないですか。」
彼は既にもっとすごい深い口づけをしたのだから、もったいぶるなよとでも言いたいのだろうか。
私が言いたいのはそんなことではなく、周囲に見られているリスクを考えろということなのに通じていない。
「私の言葉が理解できないのであれば、誓いの口づけは頬にしてください。それから、帝国の首都に行く際は、私は今あなたが見ているエレノアではなく帝国の高位貴族の演技をします。あなたが苦手であろう気位の高いキツい感じのする演技です。あなたにも帝国の貴族達に舐められないように、完璧な振る舞いを馬車の中でみっちりと身につけてもらいます。まずは、今の2倍くらい遅く優雅に話すことを心掛けてください。早口で話していると本当に元王族かと出身を疑うような声がではじめます。」
サム国は貴族も含めてとても自由でマウントをとってくるような人がいなかった。
帝国の首都にいるような貴族は常にその立ち居振る舞いから、自分の上か下か程度を見て接し方を変えてくる。
「もしかして、エレノア・カルマン公女の演技ですか。是非、馬車の中からその演技してください。実は、あの誘惑してくるような魅惑的な魅力に溢れた悪女のエレノアが一番大好物です。」
彼が言っているのは、私が皇族専属娼婦として育てられた時に身につけた演技だ。
「エレノア・カルマンだってたくさんの顔を使い分けています。私が首都でするのは、レイモンドが苦手であろう冷たく感じる気位の高いだろう女の演技です。ご希望なら、移動の馬車の時からお見せいたしましょうか?レイモンドはこれから女好き自己中王族以外の顔を身につけなければなりませんよ。これからは自然体のその顔を見せるのは、私の前だけにしてください。」
はっきり言って彼は自由すぎる。
欲に正直過ぎるところは私にとっては魅力的だが、他の人間にとっては軽蔑の対象になりかねない。
「馬車の中では悪女エレノアか、甘えてきて額に口づけしてきたエレノアを希望します。しっかりとエレノアの演技指導を受け帝国の首都用の顔も身につけますので、私の切実な希望も聞いてくださいね。これからは、本当の私を見るのはエレノアだけですよ。女好き自己中王族レイモンドの相手をたった一人でするのだから覚悟してくださいね。」
相変わらず好き勝手なことを言う彼に呆気に取られてしまったが、これからは本当の彼を見られるのは自分だけだと思うと幸せな気持ちになった。
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