第39話少しでもあなたと話がしたいのです。

「エレノア、兄上に嫌なことなどされていませんか?僕から婚約を解消をするよう国王陛下にいつでも申し出ますよ。」

僕は前は明らかに僕に恋をしているように、顔を真っ赤にしていたエレノアが平然と僕に接することに堪らない焦燥感を覚えていた。


兄上と婚約して3年も経つエレノアが、国民感情を考えても僕と結ばれる可能性はない。

それでも、彼女の幸せを願いたかった。

兄上は身内の僕から見ても、特に女性に対しては最低な男だった。


エレノアの価値に気がついたように女性問題を整理し、政務に勤しんで彼女にアピールしても本質は変わらない。

彼と寄り添う以上は、絶対にエレノアは悲しい目にあう。

兄上は自分以外の人間は自分を楽しませる道具としか見ていない人間なのだ。


「フィリップ王子殿下がご心配されることはありません。誤解を与えるような行動があったのであれば、申し訳ございませんでした。」

エレノアの美しい薄紫色の髪が揺れていて触りたくてたまらなくなるのを耐えた。

女好きでどうしようもない兄上は、8歳下の彼女にも手を出したのだろうか。

そのことでエレノアの僕への感情がなくなってしまったのかと想像するだけで苦しくなった。


「エレノア、兄上がどんな方なのかは僕が一番知っています。あなたが傷つくのだけは嫌なんです。」

僕は兄上のように女性を快楽の対象としか思っていない人間に、エレノアを渡したくなかった。

エレノアは女性とか性別に囚われるような存在でもない、僕にとっては身内などどうでも良くなるくらい唯一無二の幸せにしたい存在だった。

そもそも8歳も年下の弟の初恋の相手だとわかっていながら、笑って奪った兄上の人間性を信用できない。

自分の兄ながら畜生以下の人間性を持つ人間が、彼女を傷つける未来は想像できても幸せにする未来を想像できなかった。


「私が傷つくことはないのでご安心ください。フィリップ王子殿下は優しすぎるところがありますよ。臣下である私の心など気にせず、ご自分の目的に邁進してください。」

エレノアの言葉を聞くたびに、彼女は僕の臣下でありたいのだと認識する。

彼女に自分の臣下でなどあって欲しくはない、誰とも代わりのきかない大切な女性を見つけたのに近寄れなくて頭がおかしくなりそうだった。


「エレノア、帝国の要職試験に受かると帝国の爵位が貰えて衣食住一流のものが用意されるんだぜ。次回の試験受けに行かないか。」

突然、ハンスが言った言葉に僕は驚いた。

王族である僕の前で、サム国を見限った発言をさらりとしてしまうところも彼らしい。

しかし、多くのサム国の民がまだサム国だけは帝国の侵略とは無関係だと考えている中で彼は先見の名がある。

どんなにあがなっても数年後にはサム国は帝国領になるだろう。


それに帝国の要職試験を受けに行くというのは、エレノアの将来にとって良いアイディアだ。

要職試験を受けて合格してしまえば、彼女には帝国の爵位が授けられ王族という地位を失った兄上との婚約などエレノアの方から解消できそうだ。

優秀で勤勉で人を惹きつける魅力のあるエレノアならきっと合格する。


「帝国の中枢からサム国の民を支えるということね。倍率が高そうだけれど私も頑張ってみようかしら。」

エレノアが見惚れるほど目を輝かせる。


ハンスは本当によく彼女を知っている。

彼女は常に国内ではなく世界全体を見ている。

そして彼女は誰よりもサム国の民の幸せを願う人なのだ。

帝国からサム国の孤児院にいた彼女の理由が気になるけれど、僕の国を好きになってくれた僕の愛する人だ。


兄上に傷つけられているなら婚約を解消を手伝うだなんて愚かな提案だった。

傷つけられていたとしても、彼女は僕にそんなことを打ち明けてくれない。

彼女は我慢強いから秘密を打ち明けてくれないのだと言い訳し、彼女の信頼を得られていないことに向き合えていなかった自分を恥じた。


「僕も次回の帝国の要職試験を受けてみようと思います。エレノア、ハンス一緒に頑張りましょうね。エレノア、今日も兄上が迎えにきていそうですね。馬車まで送らせてください、少しでもあなたと話したいのです。」

小さな可能性を僕は見つけてしまってそれに縋るように、エレノアを見つめた。

久しぶりに見た彼女の照れた表情にほっとする。


僕とエレノアが一緒になれる可能性があるとしたら、サム国から離れるしかない。

父上が彼の兄の婚約者と結婚したことは、サム国はじまって以来の憶測をうむゴシップとなった。

息子の僕まで兄の婚約者を欲したら格好のネタになる。


噂がたつだけで恥と思われるほどサム国の貞操観念は強く、疑わしいことは全て事実のように言われてしまう。

そんな国民性であることを知りながら、噂も気にすることなく自由に振る舞い王家の評判を落とし続けたのが兄上だ。

身内ながらも彼のように思慮の浅い男にエレノアが守れるとは思えなかった。


「お忙しいところ、お手を煩わせてはいけませんので、ありがたいのですが私は、」

エレノアが言いかけた言葉に僕の申し出を断ろうとしていることがわかった。


「エレノア、筋力トレーニングをしたいので馬車まで送らせて頂きます。」

僕は自分でも信じられないが、気が付くと彼女をお姫様抱っこしていた。

今までにないくらい、彼女の顔が近い。

そして、前のように顔を赤く染めて僕をまだ想ってくれるのがわかって安心した。


筋力トレーニングをしたいなんて言い訳は、エレノアが前に取り繕うにいっていたものにそっくりだ。

僕がこんなことをするのはおかしいと思われるかも知れないけれど、そんなのは彼女に拒絶され、一緒にいる機会を減らされるよりはずっとましだ。

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