第37話私はサム国でレイモンドと一緒にいたいのです。

「エレノア様、1年でまた可愛くなりましたね。レイモンド王太子殿下にダンテ・スモアがお目にかかります。お2人はそんなにいちゃいちゃする仲だったのですね。」

突然、扉が開いてダンテ補佐官が登場した。

ノックさえもしないなんて不躾すぎる。


帝国の高位貴族の令嬢は自分が厳しく教育されている為、不躾な振る舞いには厳しいはずだ。

これだけ不躾なのに完璧令嬢とも言われるアーデン侯爵令嬢の補佐官をできているのだから、そんな振る舞いを許されてしまうほど彼は優秀だということだ。

それにしても、今回はレイモンドに挨拶をしている。

やはり、サム国に帝国のスパイが潜んでいて能力や行動をチェックされていそうだ。

レイモンドが政務に取り組み、明らかに切り捨てるのが惜しい人材だと見込まれ帝国領になったら領主にする予定に変えたのだろう。


「ダンテ補佐官、アゼンタイン侯爵夫人になんと言ってこの部屋に通してもらったのですか?」

レイモンド以外にも未婚の貴族令嬢の部屋に平気で入ってくる男がいたとは驚きだ。


「今すぐエレノア様の部屋に通さないと、多くの損失を被ることになります。果たして損失を被るのはサム国、侯爵家、エレノア様のいずれでしょうか?質問の意味が理解できないなら、案内しておいた方が身のためですよと言いました。」

ダンテ様が明るく軽快に言う言葉に、今、帝国の外交を一手に担う彼にそんなことを言われたら恐ろしくて通すしかないと思った。

彼はとても外交向きな人だ。

一見爽やかで親しみやすく見えて、なんだか言うことを聞かずに怒らせてはいけない怖さがある。


「正解はエレノアですか?サム国の侵略はもう少し後にする予定ですよね。アゼンタイン侯爵家は特に関係ないはずです。」

レイモンドが冷静に話しはじめたので、私は思わず彼の顔を見た。

顔の赤みがひいて、しっかりとした精悍な顔つきになっている。

性欲で脳が侵されていたと思っていたが、やはり国の危機を告げにくるようなダンテ様を見て正気に戻っていて安心した。

私は彼の膝上からゆっくりと降りると、隣に座った。


「王太子殿下、本当に優秀ですね。正解です。」

私には全く質問の意図がわからなかったが、せっかちそうなダンテ様が私の部屋に直行してきたことからも私に関係がある話があるのだろうか?


「レイモンド、すごいです。」

私が彼の海色の瞳を覗き込みながら言ったら、また顔を赤くして目を逸らされてしまった。

私は自分の失敗を悟った。

ダンテ様を前にして、切れ者であって欲しい時にレイモンドの脳をまた性欲に侵しはじめてしまった気がする。


「エレノア様、エレナ様から伝言です。魅了の力の発生原因は公爵邸に咲く赤い花の花粉を妊婦が吸うことだったわ。私の弟に薬を作ってもらっているけれど、副作用が強く治験に時間がかかっているの。獄中出産をした妊婦の赤子を使っての治験になるので、赤子の人権の問題にも関わってきて時間がかかりそうよ。あなたが16歳になるまでには間に合わせてあげるから安心して待ってなさいな、とのことでした。」

ダンテ様がアーデン侯爵令嬢の伝令を彼女の口真似をしつつ伝えてくる。

私はアーデン侯爵令嬢からの伝言に心が震えた。

彼女は魅了の力を消す薬を作ってくれていたのだ。

思わず涙が溢れてくる、あと、3年我慢すれば魅了の力から自由になれるのだ。


「アーデン侯爵家に弟君がお生まれになっているのですね。」

私はアーデン侯爵令嬢に弟がいることなど知らなかったのに、彼女は私のことを心に留めてくれていたのだ。

こんなに嬉しいことはない。


「エレナ様の言う弟とは、実は俺の大切な弟でした。エレナ様は特別優秀で性格も良い俺の弟に目をつけて、強引に奪いアーデン侯爵家の養子にしました。彼女は恐ろしいほど美しい女ですが、俺には酷いことをたくさんしてきます。最初半年は俺について外交を教えると言って出かけたくせに、半日で馬車から降りて外交のコツは洗脳と暗殺だと言い残して去った女です。陛下と弟には優しいのに、俺には厳しいのです。俺は癒しを必要としています。エレノア様、あなたに決めました。俺についてきて一緒に暮らしませんか、あなたを膝の上で撫でて可愛がりながら暮らす夢を今見ました。」

急に私の隣に座ってきて、手を握りしめながら言ってきた彼を恐ろしいと思った。

そして、彼もレイモンドと同じくずば抜けた天才で、恐ろしいほど気分屋な上に自分勝手に人を巻き込む人のようだ。


このレベルの優秀さと自己中心的なところがあれば魅了の力にはかからないだろう。

彼が爽やかに見えるのは明るい水色の髪と水色の瞳をしているせいだ。

髪を想像の中で黒くしたら、一気にチンピラに見えてくる。


同じチンピラなら、私を幸せにしてくれたサム国のチンピラが良い。

「誠に光栄ですが、申し訳ございません。私はサム国でレイモンドと一緒にいたいのです。」

私の言葉に隣のレイモンドがときめいているのが分かった。

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