第19話可愛いですね、芋に見えません。

「時間がないので、あそこで話しませんか?」

ダンテ補佐官がガーデンテラスを指し示したのでそちらに移動する。

ここまで彼はレイモンドに気が付きながらも全く挨拶をしようとしない。

彼が王太子だと言うことは、止まっている馬車や王家の紋章を見ればわかるはずだ。

これは数年後にはレイモンドを平民として扱うつもりで、自分が礼を尽くさなければならない相手ではないと言いたいのだろう。


レイモンドも王太子としてのプライドがあるからか、自分から挨拶をしようとしない。

彼は私達についてきて、私の隣の席に座り念の為か騎士をさがらせ人払いをしていた。

ダンテ補佐官が私の正体に言及したから、聞かれてはまずい話をするのではないかと警戒したのだろう。


「エレノア様、可愛いですね、芋に見えません。先程アツ国を帝国領にしてきたところで、サム国出身の絶世の美女のお姫様に会って来たのですが芋にしか見えませんでした。」

ダンテ補佐官の喋りは軽快で不思議な感じがした。

彼は帝国の敵国だったエスパルの出身で、帝国の外交を任されているのだから相当キレて気の抜けない相手に違いない。

彼には確実に魅了の力が掛からないと確信できた。


到着して1分足らずで隣国のアツ国まで帝国の侵略が進んでいることを、王太子であるレイモンドにわざと聞かせている。

サム国出身の絶世の美女とはレイモンドの姉のことだ。

芋などと言って平気で元王族を侮辱しているのだから、サム国の王族など脅威でもなんでもないと言いたいのだろう。


「お褒めに預かりありがとうございます。ですが、12歳以下の私に手を出したら罪になりますよ。」

私はダンテ様の水色の瞳を覗き見るように話した。


「それは、今はなきアツ国の法律ですよね。俺があなたに手を出してもサム国では問題にもなりません。もしかして、お隣の方にも手を出されましたか?それにしても適当なことを言って煙に撒こうとするなんて、いかにもカルマン公爵家出身の人間ですね。」

ダンテ様が横目で挑戦的にレイモンドを見た。

レイモンドの顔が引き攣っている。


そして今、ダンテ様は帝国唯一の公爵家である私の実家カルマン公爵家も侮辱した。

サム国は帝国の首都から離れているから新聞で帝国の動向を知るしかなかったが、カルマン公爵家の名誉が失墜した話を読んでも信じられなかった。

しかし、ダンテ様が軽く公爵家を侮辱したところから、本当に私の実家であるカルマン公爵家はもう力を持っていないと言うことが分かる。


「アラン皇帝陛下がカルマン公爵家を粛清したのは存じ上げております。お母上である皇后陛下までカルマン公爵家の領地に追いやったと聞きました。」

私が帝国にいた時は、カルマン公爵家は絶大な力を持っていた。

粛清されるだけの不正や横領をしていたのは確かだが、親族が皇族と密接な関係だったので切るに切れない関係だったはずだ。

それなのにアラン皇帝陛下は自分が皇位につくなりカルマン公爵家を粛清し、2度と皇家と仕事が出来ないほど名誉を失墜させた。

すでに皇家の人間であるお母上まで皇宮から追い出すなんて本当に怖い方だ。


「では、本題に入りますね。エレナ様より伝言です。帝国に戻って来たかったら戻って来なさい。もう、あなたは自由だから欲しかったらパン屋でもおもちゃ屋でも買ってあげるわよとのことです。」

ダンテ様の言葉に、私は以前彼女におもちゃ屋を買ってもらったことを思い出した。

パン屋になりたいという幼い夢を話したこともあっただろうか。


「私の偽者はカルマン公爵領にいるのですか?私の歩むはずだった人生をもう歩んでいる方が帝国にはいますよね。」

私の逃げた人生を歩んだ女の子がいるはずだ。

私のフリをさせられ、きっと悩み苦しみながら生きたに違いない。


「彼女はカルマン公爵家の失墜と共に御役御免になったので、エレナ様が逃して今は自分の人生に戻っていますよ。どうするんですか?この後もう1カ国は今日中に帝国領にしたいので、帝国に戻るなら今すぐ俺と一緒に来てもらいたいのですが。」

ダンテ様はガーデンテーブルを指でトントンと叩いている。

お茶を用意したのに、一口も口をつけていない。

毒を盛られていると怪しんでいる感じはないし、本当に急いでそうだ。


「私はサム国に残ります。私に幸せな気持ちにしてくれた国だからです。私がサム国への侵略をやめて欲しいと頼んでも無駄ですか?」

私はダンテ様を誘惑するような甘い声で聞いてみた。


「カルマン公爵家の女怖すぎです。一瞬、サム国を見逃してあげようかと思いました。頬に口づけしてくれてもエレノア様の言うことを聞くわけにはいきません。愛する陛下とエレナ様のご用命なのでサム国もいずれ侵略しますよ。では、私はこれで失礼致しますね。」

足早に立ち去り馬車に乗ったダンテ様の後ろ姿を見送る。

フィリップ王子の言う通り、侵略に手間のかかる国民性を持つサム国は後回しになっているだけのようだ。


「エレノア、あなたはもしかして帝国のスパイですか?」

私に的外れな問いかけをしてくるレイモンドにため息が漏れた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る