第16話美の追求でひきこもったことにしよう。

「人酔いしちゃったみたい。心配かけたわね。」

入学式の会場から出て私を心配そうに見るハンスに声をかける。

事実ではないがこれで納得してもらわなければならない。

私が具合を悪くしてそうなことから考えて、一番言い訳として通用しそうなので採用した。


フィリップ王子を見ていると心惹かれそうで怖かったのか、ハンスを利用しようとした自分が嫌だったのかわからない。

でも、私の立場では王子に近づくのは難しい。

彼の兄であるレイモンド王太子と婚約している以上、私がフィリップ王子に近づけば何らかの憶測を呼ぶ。


「俺も話聞いているの疲れて、外に出たかったからちょうど良いよ。」

ハンスが私に笑いかけてくる。

私の誘拐事件から2年、私と彼は剣術の稽古をしていることもあるがますます仲良くなった。

おそらく彼は私が彼の姉から誘拐され殺されかけたことにショックを受けていると勘違いしている。

私の顔色を常に伺っているような様子が感じられる。


告白したことで気持ちを隠さなくて済むようになったからかもしれないが、過保護になった。

結局、誘拐の件を隠すことはできたが、ビアンカ様は表舞台にこの2年出てこなくなった。


おそらく自分が衝動的にしてしまったことにショックを受けているのだろう。

罪悪感があったからこそ、ハンスに問い詰められた時に真実を話したに違いない。


「ビアンカ様に、私は高熱でここ3年の記憶がないことを伝えてくれない?」

私は彼女に外に出てきて欲しかった。

彼女が私にどう思われたかを気にしているのではなくて、自分がしたことにショックを受けていることは分かっている。

それでも被害者である私が全く誘拐事件を覚えていないということにすれば、気が軽くなるのではないだろうか。


「そんな都合の良い記憶喪失の仕方はないだろう。姉上のことは気にしなくて良いよ。あんなことをして普通なら罪に問われるところを不問になっているんだ。」

ハンスの言葉に私は納得が行かなかった。

私はレイモンド王太子がどんな人間なのかも、ビアンカ様がどれだけ優しい方なのかも知っている。

20歳になったビアンカ様が表舞台に出てこないことで、王太子殿下のお手つきになって婚約者に選ばれなくて引きこもったと噂になっている。

他の男と婚前交渉をした疑惑のある貴族令嬢に縁談の話など来ない。

幸せな結婚をして優しい母親になっていたはずの彼女の人生が王太子殿下の不誠実な行動によって、メチャクチャになろうとしているのだ。


「私はビアンカ様を被害者だと思っているのよ。王太子殿下は今は他のお気に入りに夢中みたい。国民を守るべき人間が多くの人を気まぐれに弄んでいる。許されることではないわ。」

私は婚約者として、この2年間レイモンド王太子と最低限の交流は持った。

会っている時は、彼に寄り添う従順な女のふりをした。


彼はボディータッチが過剰で、私は彼に触れられるたび不快で鳥肌がたつ。

彼はやはり優秀な人間なようで、私がどう演技しようとも彼に心酔していないことはバレていそうだ。

だから全く重要な話はしてこず、上部だけの甘ったるい愛ばかり語ってくる。

彼の動向を注意していると、3ヶ月交代くらいでお気に入りの貴族令嬢がかわっている。

婚約者がいながら不貞行為を繰り返していることを指摘し、婚約を解消しても良いがそれだと相手の令嬢に迷惑がかかってしまう。

私は彼が政治的なことで不正を働いていたりといった女性関係以外のところで彼を引きずりおろしたいと思っていた。


「エレノアが姉上を悪いと思っていないことを伝えてみるよ。でも、今、外に出てきても傷ついてまたひきこもってしまう気がするんだ。」

ハンスの言う通りだと思った。

王太子殿下の愛を信じて衝動的に私を始末しようとまでしたのに、今の彼は他の女に夢中になっている。


「私が男だったら、ビアンカ様と恋をして王太子殿下のことを忘れさせてあげられるのに。とにかくビアンカ様が王太子殿下のお手つきになったという噂だけは消すようにしよう。ひきこもっていることの別の理由を考えるの。私が生まれる前にエレナ・アーデンが4年間、自分の美を追求するためにひきこもっていたという話を聞いたわ。ひきこもりの末、出てきた彼女は奇跡の美少女から絶世の美女にかわっていたらしいの。ビアンカ様も美の追求のためにひきこもったことにして、表舞台に出る時に周りが驚くくらいイメージチェンジして登場するのはどうかしら?可愛らしい感じから、妖艶な美女系のメイクにするとか色々あると思うの。」


私の話になぜだかハンスが肩を震わして笑いを堪えている。


「分かった。エレノアの提案については話してみるよ。美の追求で4年ひきこもった先駆者がいるなら、2年のひきこもりなんて可愛いもんだよな。」

ハンスが明るく言った言葉に、私はビアンカ様を救う道が開けそうでホッとした。







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