第15話若ければ、若いほどお好きでしょ。
私が皇族を誑かすために生まれたカルマン公爵家の女だからだろうか。
いつの間にか目の前の男を利用するような行動をしてしまっている。
目を背けず自分の特性と落ち着いて向き合わねばならない。
ハンスは私に一途な思いをむけてくれた大切な人で、私が利用して良い相手ではない。
私は4歳でサム国の孤児院での暮らしを選んだのに、1年後にはアゼンタイン侯爵家に引き取られた。
冗談じゃない、帝国から逃げてきているのに高位貴族の令嬢などと目立った立場にはなりたくない。
パン屋になりたかったのにどうしてこうなってしまったのかと自分の運命を嘆いた。
私はアゼンタイン侯爵家の一員になるのを徹底的に拒むことにした。
そもそも慈善事業に来た偶然のようなタイミングで出会った孤児を養子にしようなどという貴族が現れるとは思ってもみなかった。
「侯爵のご想像どおりですよ。私の正体は帝国の公女エレノア・カルマンです。」
私はアゼンタイン侯爵家で生活しはじめてすぐに、自分の身元が疑われているのに気がついた。
帝国の公女エレノア・カルマンと私の風貌が似ていたことが原因だ。
それは私が逃げた後、カルマン公爵家が私にそっくりの偽物を用意したので当然のことだった。
アゼンタイン侯爵家に引き取られてしばらくは、余りに善良に見える侯爵夫妻が怖くていつも喧嘩腰に話していた。
彼らに好かれたいと願って、裏切られた時の自分を想像するだけでゾッとした。
ならば最初から憎まれるように振る舞えば、捨てられても傷つかないという私の決断だった。
「エレノア、君が誰であろうとどうでも良い。君は私の全てだ。」
私を強く抱きしめてくるアゼンタイン侯爵は本当に親切で素敵な方だ。
茶髪に影を落としたような藍色の瞳。
彼は戸籍上で言う、私の養父、つまり現在の私の父親だ。
「そんなことを言って、隣のあなたの妻はどう思うのでしょう?私を自分好みに育てて自分の女にしたいのですか?だったら、養子にするという選択は間違いだったのではありませんか?」
この男の目的はなんだろう、私を引き取って利用する気に違いない。
必死に隠していたけれど男を操作できる魅了の力の存在はバレていたのかもしれない。
たくさんの悪い可能性を考え続けて、相手に期待をしないようにした。
アゼンタイン侯爵が男性である以上、私が好かれたいと願えば魅了の力がかかってしまうというリスクがあり怖かった。
「私はあなたを本当に愛しているわ。お願いだから、信じて。
私は貴族にしては純粋すぎる侯爵夫人に抱きしめられた。
戸籍上、私は彼女の娘ということになっている。
「君は5歳の女の子だ。自分より20歳も年上の私が君を自分の女にしたいだって?相変わらず、出会った時から変わらない面白い娘だ。」
侯爵が私の顎を引き上げて、私の顔を覗き見る。
サム国は一夫多妻制の帝国とは異なり、妻は一人しか選べない一夫一妻制だ。
彼は美しい妻に飽きた後、私との養子関係を解消し自分の女にする予定ではないのだろうか。
「ふふ、若ければ若いほど、お好きでしょ。男の人は。」
私は現在私の戸籍上の父であるアゼンタイン侯爵を嘲笑った。
あの頃の私は誰にも期待したくなく、未来を考えることを恐れておかしな言動をすることで自分を慰めた。
アゼンタイン侯爵は的外れでおかしな言動をする私を微笑ましそうに見守ってくれた。
狂気の家で生まれ育ち孤児院に逃げ延びて辿り着いた場所。
隣にいる侯爵夫人も私のことを微笑ましそうに見ている。
「なんだかこのやり取りもバカらしくなってきました。お父様、お母様、私の正体を知りながら受け入れてくれてありがとうございます。」
私はそう言って、彼らを愛することを恐れないことに決めた。
その後、アゼンタイン侯爵夫人が私の友人になればと紹介してきたのが、ハンス・リード公子だった。
友達まで斡旋してくれようとする侯爵夫人の過保護っぷりに心が温かくなった。
「ハンス・リードです。初めましてアゼンタイン侯爵令嬢。」
ハンスの硬い挨拶に、無理やり彼が連れてこられて私と友人となることなど望んでいなかったことを悟った。
「エレノア。同じ年だから名前で呼び合おうぜ。俺のことはハンスと呼んでも、適当にハンとか、スとか呼んでもご自由に。」
私が遠慮をして縮こまったことを悟るように軽い感じで手を差し伸べてくれた彼を今でも忘れない。
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