第5話私を雑食動物扱いしないでください。
「レイモンド王太子がお見えになったので、お通ししたけれど、会えそうかしら?」
ハンスが私の様子を伺いに来て帰宅すると、レイモンド王太子が約束もないのにお見えになった。
アゼンタイン侯爵夫人は本当に人の気持ちに寄り添う素敵な女性だ。
8歳も年上の女性関係の激しい王太子の婚約者に指名された私を心配してくれている。
「お母様、ご心配なさらないでください。もちろんお会いしますわ。」
私の実の母親は死んでしまい、カルマン公爵家で私の母親ということになっていた女は私を虐待した。
アゼンタイン侯爵夫人は、既に自分と血の繋がった子もできたのに未だ私に優しくしてくれる。
彼女を困らせることだけはしたくなかった。
「お会いしたかったです。エレノア。」
レイモンド王太子殿下がバラの花束を渡してくる。
他の女性にも配っている花束なのだろう。
私を利用するために持って来た小道具のような花束に嫌悪感が湧く。
ハンスが何でもない日に私に照れながら渡して来た紫陽花の花束と比べてしまう。
「エレノア、お前紫陽花姫って呼ばれているらしいぞ。やったじゃないか。」
ハンスが私に花束を持って来たのは私を励ますためだった。
私は自分が侯爵家に紛れ込んだ孤児院の野良猫と呼ばれていることを知って傷ついていると思ったんだろう。
本当の私は孤児院の野良猫ではない、世界を旅する野良猫だ。
「お約束をするということをしないのですか?王太子殿下。それに赤いバラは苦手なのです。私と結婚なさりたい割りに何も私のことをご存知ないのね。」
バラが苦手なのではなく、赤い花が苦手だった。
カルマン公爵家は図鑑にも載ってないような謎の赤い花がいつも咲き誇っていた。
今でも、赤い花を見ると実の父親から虐待された日々を思い出して吐き気がした。
「これから知っていけばよいのではないですか?私たちに時間はいくらでもあるのですから。」
王太子殿下は小道具のバラを、近くのメイドに手渡すと手を振って人払いをした。
「人の御宅に伺って勝手に人払いをする方を初めてみました。王太子殿下は何から何まで規格外ですのね。もしかして、うちのメイドとも男女の関係にありますか?」
王太子殿下は貴族令嬢だけでなく、メイドにも手を出していることは有名な話だ。
男性にも貞淑さをもとめているサム国の貴族が拒否反応を示すのは当然だ。
「まさか、王太子である私を雑食動物扱いしないでください。エレノアの為に人払いをしたのですよ。エレノア、あなたは人を操る力を持っていますね。カルマン公爵家出身の女に帝国の皇帝が好きにされて来たのは、魅惑的な女に翻弄されたからではないということだ。特別な超能力のような力を持っていて、その力で操っていたということです。そうですよね、エレノア・カルマン公女。」
レイモンド王太子の言葉に背筋が凍った。
魅了の力を使って、使われたことを認識できるのは相当彼の知能が高い証拠だ。
女性関係で目立って、政務には興味がなく彼を優秀な人間だと思っている人間はほとんどいない。
しかし、彼はおそらく天才と言われるレベルの脳を持っているが故に脳に何かされたことを認識できている。
「私の正体にそんなにこだわりたいのですか?孤児院の野良猫、帝国の公女、サム国の侯爵令嬢のうちで一番利用できそうなのが帝国の公女だという判断なのかしら?」
帝国はアラン皇帝陛下に代わり、一気に世界侵略を進めている。
サム国が帝国から侵略されることを阻止するために私というカードを利用したいのだろうか。
だとしたら、彼にも王太子としての自覚があるということだ。
ただの女好きよりはずっとましだ。
「エレノア、勘違いしないでください。私はただあなたを愛してしまっただけで、利用しようなどと思っておりません。あなたの正体を暴きたかったのは、あなたに近づきたかったからですよ。そもそも、帝国など恐るに足らないでしょう。今の皇帝は絶世の美女の婚約者に翻弄され、良いように操られているだけの男です。」
レイモンド王太子殿下が立ち上がり私を抱き寄せながら耳元で囁いてくる。
彼は知能は高いかもしれないが、やはり全く現状が見えていない。
アラン皇帝陛下は人に操られるレベルではない恐ろしい人だ。
「建国祭で帝国にお邪魔しただけで、帝国を知った気になっているのですか?絶世の美女エレナ・アーデンに翻弄される少年皇帝に見えまして?全ての男があなたのように女のことで頭がいっぱいなわけではないのですよ。」
私が6年お世話になったサム国に恩返しができるとしたら、レイモンド・サムを国王にしないことだろう。
彼が国王になってしまったら、サム国はおそらく暗黒期を迎える。
いくら優秀でも女の尻を追いかけるばかりで世界情勢がまるで理解できていない。
「エレナ・アーデンと似た女を私は知っているのですよ。老齢のアツ国の国王に嫁いだ私の姉上です。女性は愛すべき存在であると同時に本当に恐ろしいものです。エレノアあなたの恐ろしさも私は受け入れる覚悟でいますよ。」
私は彼の言葉に怒りが込み上げて来た。
「お姉様がアツ国に嫁がれなければ、今、サム国とアツ国は戦争になっていましたよ。王族として国を守られたお身内に対して、とても無礼な方ですね。あなたとはお話しになりたくないわ。もう、お帰りください。」
自分の祖父になってもおかしくない年齢の方にどんな気持ちで彼女は嫁いだのだろう。
少なくともこの浅はかな王太子が侮辱して良い相手ではない。
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