2:ふたりのラブリーデイ

「なあ、ジュジ、どういうことだよ」


「私はただ、好きな人が私と同世代のみなさんに好かれていてそれを『いいよねわかる』といいたいだけなんです! でも、同僚の方はカティーアに遠慮というか、白い塔に出入りしている方へのゴシップはやめておこうみたいな雰囲気でそんなお話は出来ないし、一応職員なので生徒のあなたに対するかっこいいよねという会話に入っていくわけにも行かず……」


 ジュジが走り去った後、ぼうっとしていた俺に司書は声をかけてきた。

 言われるがまま写本を返し、ようやく我に返ってから走って逃げたジュジを捕まえて今に至る。

 人がいない適当な教室へ彼女を連れ込んで、後ろ手でカギを締めた。


「それに……私は、その、あなたの特別な存在なので……そういう場合、生徒達の無邪気な語らいに割り込むのは道義的に良くないと本能が警告してきて……でもそれをあなたについ話してしまって急に恥ずかしくなって、その、逃げちゃいました。ごめんなさい」


 よくわからないが、彼女に悪気はないらしい。本気で逃げたいわけではないと頭ではわかっているが、彼女が急に逃げ出すのを見ると自分で思っていたよりも何倍も動揺することがわかった。

 焦りを見せないように、なるべく平静を保ちながら、彼女を怯えさせないように慎重に……。

 息を深く吸い込んで、彼女に大切なことを尋ねる。


「特別な存在なのでってことは、別に今の関係が嫌だとか、俺の近くにいたくないってことでは」


「ないです! 私は、あなたの特別な存在でいたいから」


「それなら、いい」


 言葉を遮るようにしながら、ジュジが返事をしてくれる。

 腰に手を回して抱き寄せた彼女の額に唇を触れさせるだけのキスをしながら、俺は安堵の溜め息を吐いた。

 それから、なぜそんなことを聞かれたのかわかっていないような不思議そうな表情を浮かべているジュジの肩に鼻先を埋めるようにしながら、口を開く。


「誰に褒められようが、誰に求められようが俺はお前がいなきゃダメになるんだ」


「そんなことは」


「ある」


 顔を上げると、ジュジは複雑そうな表情を浮かべていた。嫌われていないことはわかる。

 俺もいい年だ。常にかっこつけていられたらいいんだが、ジュジの前では思うように行かない。こうして、情けなダサい俺を晒すこともエゴなんだろうなと思う。


「なあ、知ってるか? 俺は、ジュジ思ってるよりもずっとずっと弱いって」


 ステンドグラスから差し込む赤みを帯びた光が、床に美しい模様を描いている。

 ジュジを抱きしめながら、夜の始まりみたいな青みを帯びた灰色のドレスを纏った妖精達に音が部屋の外へ漏れないようにしてくれと魔力を渡して、彼女へ言葉を続けた。


「俺はすぐに嫉妬をするし、お前が俺から逃げたいんじゃないかって誤解しちまう」


「逃げたいなんてそんなことは……」


「頭ではわかってる。お前はそんなことは絶対にしないってな」


 ジュジの瞳に不安そうな光が宿る。俺は、こんな顔をお前にさせたいわけじゃないのにな。

 以前の俺なら、黙って自分の気持ちを押し殺して、変化に気付いたジュジを煙に巻くくらいのことはしていたと思うんだが……。

 炎を封じた村ケトム・ショーラーでの一件以来、弱音も隠し事もなるべくない方が良いのだと自分に言い聞かせて、こうなった。

 甘えられる口実を探しているだけなんじゃないかって、いつでも完璧な英雄でなけりゃ呆れられて逃げられちまうぞと冷静な自分が囁くのを抑え込んで、俺は言葉を続ける。


「だけど、ああして逃げられる姿を見たら、胸の奥が凍ったみたいに冷たくなって、冷や汗をかいた」


「あ……ごめ」


「だから、ジュジがキスをしてくれたら、大丈夫になる」


 謝りそうになったジュジの言葉を遮って、彼女の顔を見て口角を持ち上げた。

 こうして冗談めかさないと、彼女は俺の言葉を重く受け止めすぎるから。

 驚いたように目を見開いていた彼女の口元が綻んだのを見てから「真面目な顔を作りすぎた」と茶化すと、ふっと短く息をはいてジュジが笑った。


「もう……わかりました」


 ようやく、ジュジに笑みが戻った。体を前のめりにした彼女がきょろきょろと周りを見渡していたので「魔法でここの音は漏れないようにしてある」と告げると「ふふ」っともう一度笑って、目を細めた。

 深い緑色の瞳には、今俺だけしか写されていない。


「恥ずかしいから、目を閉じてください」


 それから俺の唇にそっと触れるようなキスをして、ジュジは顔を離した。


「これで心配はなくなりました?」


 眉尻を下げて優しそうな表情を浮かべながら彼女がそう囁くから、俺はもう少しだけワガママをいうことにした。

 嫉妬をしたのも、少し不安になったのも本当だ。だから、たまにはこうして甘えさせて貰うのも多分悪くないだろう。


「あとは……俺の名前を、呼んでくれ。ここで」


「カティーア」


 ジュジの唇がわずかに開いて、俺の名を呼ぶ。

 

「わざとそっちの名前をいっただろ?」


「バレました? ふふ、本当に心配したんですから」


 仕返しのつもりだったらしい。どうやら俺の弱音は重く捉えられずに済んだみたいだ。

 彼女は舌をチロっと出して甘えるように笑うと、俺の耳元に口を寄せてくる。 


「アマル……」


「その名前」


 ジュジの顎をそっと掴んでから、子供のままごとじみた軽いキスをして、名前を呼ばれて抱きしめ合う。それだけでこんなにも満たされるだなんて、少し前まで忘れていたことだった。


「俺の特別な名前を呼んで良いのは、お前だけだから」


 熱っぽい視線がぶつかり合って、二人とも自然と顔を近付ける。

 煮詰めた蜂蜜のような甘い湿度のある口付けをしてから、もう一度顔を離して見つめ合った。


「なあ、早く帰ろう。俺の宝物」


 頷くジュジの頬を撫でてから、妖精達を散らす。

 学院カレッジ内の気配を探るが、人はもうほとんど残っていないようだった。これなら、転移魔法を使っても大丈夫だろう。

 部屋のカギを外してから、俺は妖精の通り道アンブラクルムを開くために魔法を唱えた。

 赤い魔法陣が足下に出現し、ジュジの腰をしっかりと抱きしめながら俺は彼女の耳元でこう囁いた。


「今夜もたくさん愛を受け止めてくれよ?」


 赤銅色の肌を耳まで真っ赤にしたジュジがしっかりと頷くのと同時に、妖精の通り道アンブラクルムは俺たちを二人の寝室に送り届けてくれた。

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不死の魔法使いは今日も愛を受け止められたい こむらさき @violetsnake206

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