魔王が勇者すぎてやりづらい件について

七篠透

どっちが悪役なんだか

 魔王を倒し世界を救う。そんな使命を神々に与えられた勇者がいる。

 まあ、俺のことなんだが。


 神々の加護が俺にしか与えられなかったため、たった一人で長く苦しい戦いを繰り返す羽目になり、地獄のような長旅の末に、今、ようやく、魔王にとどめをさせるところまできた。


 長い旅がようやく終わる。

 旅の終着点という感慨に一瞬浸り、剣を魔王の首に振り下ろそうとしたとき、その女は現れた。


「魔王様!」


 悲鳴にも似た、悲痛な叫び。

 その女にとって、魔王がどれほど大切な人であるのかを思い知らされる声音だ。


「やりづら……」


 これ、目の前で魔王を殺したら『魔王様の仇!』とかいって永遠につけ回されて後ろから刺される奴じゃん。


「お逃げください魔王様! この者は私が食い止めます! だから、どうか!」


 とか言って俺に短刀を向けてくる女だが、足がガクガクと震えている。

 絶大な恐怖にさいなまれながら、それでも魔王を救うために命を捨てる覚悟を決めた様子の女に剣を向けるのも、なんか気が引ける。


「や、やめろレティシア……逃げるのだ……!」


「魔王様のご命令と言えど、それだけは聞けません! あなた様は我々にとって希望なのです! 光の世界で生きられぬ私達には、あなた様が必要なのです!」


 その『互いを想い合うムーブ』やめてくれないかな。

 この空気、完全に物語中盤でラスボスが出てきてヒロインが殺されるシーンとかの雰囲気じゃん。

 もしくは俺がヒロインをさらって主人公がヒロイン救出のために覚醒するフラグになるようなイベントとかじゃん。


「どけ」


 とりあえず俺は、殺してしまわないようにそっとその女を押しのけた。が。


「きゃぁっ!」


 何故かその女は派手に吹っ飛び、壁に叩きつけられた。


「えっ」


 そんなに力を込めたつもりはなかったのだが、神々の加護で筋力が上がりすぎて手加減できなかったのだろうか。


「レティシア!!!」


 血を吐くような絶叫。他でもない魔王のものだ。

 そして魔王は、必死に壁際まではいずり、倒れた女のそばにたどり着いた。


 もうこれあれじゃん。

 バッドエンドで二人手を握り合って死ぬ奴じゃん。

 俺完全に悪役じゃん。


「ま、おう、さ、ま……」


「レティシア、無事でよかった……」


「でも、勇者、が……」


「俺が倒す! 必ず倒すから!」


「魔王様は、優しい、です、ね……」


 やめろ。『ズタボロの状態でヒロインのために勝てない敵に勝って見せると必死になる主人公とその嘘を見抜いて満足げに微笑むヒロインムーブ』を今すぐやめろ。


「立て続けに三文芝居を見せつけられていい加減不愉快なんだが。戦う力が残っているならとっとと立ったらどうだ、魔王」


 俺は苛立ちのままに魔王を挑発する。

 もはやただ殺すだけでは足りない。

 もう一度立ち上がった魔王の戦意を完膚なきまでにへし折り、じわじわと苦しみ悶えゆっくりと死んでいく様を見なければこの苛立ちは収まらんだろう。


「うぐぅ……負けはせぬ……! 負けるわけにはいかぬ……!」


 魔王は立って見せた。


「それでいい。かかってこいよ三下。俺は今機嫌が悪いんでな。さっきまでのような手加減は期待してくれるな」


 言いながら、剣を納め、魔王の顔面を思い切りぶん殴る。

 剣で楽に殺してやるほどの慈悲も残さない。


「ぐああああああ!」


「どうした? もう降参か? 俺を必ず倒すんじゃなかったのか?」


 吹っ飛び、壁に叩きつけられて倒れた魔王の腹を繰り返し蹴り上げながら、俺は魔王を嘲笑った。

 こうしていると、少しは下らんお涙頂戴な茶番を見せつけられた苛立ちも収まってくる。

 このまま、俺の溜飲が下がるまでは生きていてほしいところだが。


「まだだ……! まだ終われない! たとえ神の加護を得た勇者が相手であろうと、屈するわけにはいかぬ! 光の世界に拒まれた哀れな同胞たちのために!」


 魔王は、俺に蹴られながらも立ち上がった。


「倒れるわけには、行かぬのだ!」


 そして、叫んだ魔王と、その傍に倒れていた女を、まばゆい光が包み込んだ。


「この光は……」

「魔王様……」


 待てやコラ。

 これは『絶体絶命の状況で新たな力に目覚めて逆転する』展開じゃねえか。

 もはやどっちが勇者か分からんわ。


「力が湧いてくる……そうか、俺は一人じゃない! これは希望の光! 世界に見放された闇の住人たちが俺にもたらしてくれた、魂の炎の輝き!」


「うるせえええええええええええええええええええええええ!」


 怒涛の主人公ムーブを決めまくる魔王に、ついに俺はキレた。

 手加減も忘れ、全力の右ストレートを魔王の顔面に叩き込む

 だが、新たな力に目覚めた魔王は、先程とは違い、俺の一撃に反応して見せた。


 そのまま、ボクシングにも似た乱撃の応酬が始まる。


「光と闇の世界は共存できない……光域の勇者よ、俺は、俺たちの世界のために、お前を倒し、お前の世界を暗域に染め上げる!」


「やかましいわ! 光域だの暗域だのとわけの分からねえことをごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!」


 俺の蹴りが魔王の腹を打ち抜き、もう一度魔王を壁に叩きつける。


「ぐああああ! 勇者の力、これほどとは……。それでも、俺たちは……負けるわけにはいかない! 闇の世界に生きる同胞たちのために!」


 魔王は、今度は倒れなかった。


「魔王様……」


 魔王とともに新たな力に覚醒したらしい女が、魔王の隣に立つ。


「レティシア、これが世界の命運をかけた最後の戦いになる。俺に力を貸してくれ」


「魔王様、私は魔王様のしもべ。最後まで、お供いたします」


「行くぞ……闇の世界の同胞たちのために……! 俺の全てを賭けて、お前を、倒す!」


 踏み込んで来る魔王の言いざまはもう完全に、魔王を倒して世界を救う側の言動だった。


「二人まとめて地獄に落ちろぉぉ!」


 俺もまた、こぶしを握り締めて踏み込んだ。

 勇者としての、最後の決戦に向かって。


 ※ただし、猛獣が歯をむき出しにするような凶悪な笑顔である。

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魔王が勇者すぎてやりづらい件について 七篠透 @7shino10ru

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