最終話 大切なもの


サラマンド軍の指揮を執っていたヴィゴーが敗北したことでサラマンド軍の指揮は瞬く間に低下し、戦争は一気に収束へと向かっていった。


もとよりオンディーヌ側は防衛の形を取っており、その国民性も相まって撤退していくサラマンド軍を深追いすることはなく、憎しみによる新たな火種が生じることもなかった。


奇跡的に破壊されずに残った記念碑は両国共同で新たに作り直すことになったようだ。


両国に多大な被害をもたらしたものの、サラマンドが一方的に仕掛けたということを責任者であるヴィゴーが認め、オンディーヌに対し謝罪の意を示すとともに、長期にわたる復興に向けた経済的支援と人的支援を約束したのだった。


大戦から一週間が経過し、断絶線デッド・ラインはつい先日までの血生臭い戦があったとは思えない静寂さを取り戻していた。


オンディーヌは、平和な生活に一刻も早く戻るため国民一丸となって復興作業に取り組み始めている。


そんな中、アリス陛下主催のもと無事に戦いが終わった安堵と犠牲者への弔いの意を込めて、ささやかではあるがセレモニーの準備が進められていた。


大戦後にすぐこのような祭事を行うことは国民に反対されそうなものだが、以外にも反対の声はほとんど上がらなかったらしい。


心身ともに疲弊した国民は、どこかで祈りを捧げる機会が欲しかったのかもしれない。


俺とフランはノーランド王への報告のためローズと共にシルフィードへ戻っていたのだが、アリス陛下直々にお呼びがかかり再びこうしてオンディーヌ城へ訪れたというわけだ。


「お忙しいところ急に呼びつけてしまい申し訳ございませんでした」

「そんな、お顔を上げてください陛下」

「戦いを収束へと導いてくださり、本当にありがとうございました。オンディーヌを代表し心からお礼申し上げます」

「サラマンドの愚行を止めることは個人的に重要なことでした。俺の私怨によるものだったのです」


そうだ。そんな大層なことじゃない。


表向きは戦争回避を望みつつ、心の底では復讐の機会を窺っていたんだ。


「例えそうだとしても、あなた方がいなければ彼らを止めることはできなかったでしょう。あなた方がオンディーヌの恩人であることに変わりはありませんよ」

「あ、ありがとうございます」


あまり謙遜しすぎるのも失礼・・・だよな。


「本当はすぐにでもお伝えしたいところでしたが、なかなか時間が取れずにいたのです」

「その件につきましては申し訳ございません。俺たちもバタバタしてしまっていたので」

「ヒャッホゥ! 久しぶりに心行くまで飛行艇を乗り回せるぜ! って言ってなかったっけ?」


咄嗟にフランの口を押さえつける。


「昨日見た夢の話です! こいつまだ夢と現実の区別がついていないみたいで! 困りますねホント! ハハハ」

「なんと! ヴィンセント様は飛行艇を運転できるのですか?!」


横からビアンカが勢いよく割り込んできた。


キラキラさせた瞳が健気だ。


可愛いすぎる。女神か。


「あ、ああ。それなりには」

「ヴィンセントの運転はすごいよ! 手を離してもブワーって勝手に進むんだよ!」


フランはぴょんぴょん跳ねながら両手を目一杯広げてジェスチャーしている。


もう少し語彙力増やそうか。


「なんと! まだ実験段階中で実用化には難しいと言われている、あの自動操縦ですか!? 今度ぜひ教えて頂きたいです!」

「ああ。もちろん構わないよ」


こんな可愛い子に頼られるなんて。


男に生まれて良かった!


「それならわたくしにも是非お願い致しますわ♪」

「そりゃもちろん! って、ローズの運転でシルフィードから来たんじゃないか」


彼女はいつの間にか俺の腕を取っていた。


抜け目ないというか見境がないというか。


いや、それを言ったら女性陣は全員だな・・・


しかしローズは本当にいい子だ。


頭もいいし、華麗なレイピア捌きはカッコイイし、容姿は完璧だし。


おまけにこの薔薇の香りだ。


男なら誰でも一撃で昇天する破壊力。


「あなた様に比べれば赤子同然ですわ。それに、あなた様の卓越した技術をご教授頂ければきっと今よりも更に上手くなれると思いますし」


ハイスペックな上に努力家。


無敵だ。


そんなことを考えていたら、突然背中に妙な温もりを感じた。


『はぁ〜い私の可愛いヴィンセント! 久しぶりね♪』

「ア、アテナ?! どうしてこんなところに?! シルヴァーナと城下町へ行ってたんじゃ」

『あなたが女神って言うから。ほら、女神といえば私じゃない♪』


口に出した覚えはないんだが。


神霊ってヤツは心の声まで聴こえるのか。


「あなたのモノにした覚えはありませんよ」

「シルヴァーナまで?!」

「ああ・・・ やはりヴィンセント様の胸の中は落ち着きますね」


いつの間にか横にいたシルヴァーナにまで腕を絡められる。


「中毒性のある匂いしてますしねぇ〜えへへ♪」

「ハンナ・・・」


女の子たちに体中を弄られてもう訳がわからない。


しかし、一つだけ言えることがある。


今の状況はまさしく混沌・・・


否。


パラダイスだ!!


「後で話があるから」

「スミマセン・・・」


山があれば谷がある。


天国の後は大体いつもこうなる。


フランお嬢様の有り難いお説教タイムという地獄が待っている。


「うふふ。すっかりお馴染みの光景ですわね」

「はぁ・・・ 毎度毎度恐ろしくてたまらない」

「罪深い旦那様がいけませんわね♪」

「そんなつもりはないのになぁ」


ローズの人差し指が頬に触れる。


「そういうところですわよ」

「むぅ」

「それにしても、あの駄々っ子メイジさんにも困りましたわね」


ため息を吐きながらも穏やかな顔。


「また新しいあだ名ができたな」

「是非伝えてあげて下さいな。泣いて喜ぶ顔が目に浮かびますわ」

「大声を上げて抗議するだろうな」


ローズは呆れたように首を振っている。


「仕方ありませんわねぇ。今回も、あの子にお譲りいたしますわ」


ローズは語気を強めて強調した。


「助かる」


何だかんだ言って優しいんだよな。


良い仲間に恵まれたと心から思う。


こんな俺を変わらずにずっと慕ってくれているんだ。


本当に頭が上がらない。


やれやれ。


あまり待たせると本気で殺されかねない。


ローズたちと別れ王の間を出た。


日は傾きかけ、オレンジ色を帯びた西陽が回廊に差し込んでいる。


長い回廊を歩いていくと、まるで楽園のような色とりどりの花や木樹が広がる中庭が見えてきた。


花々のトンネルを潜ると、祭事の準備で賑やかな声が飛び交う城下町が見えてきた。


ビアンカによると、町を一望できるオンディーヌの絶景スポットの一つらしい。


そんな美しい町の明かりに溶け込むように、忘れようもないとんがり帽子を被った女の子が佇んでいた。


「今回はまた随分と遠くまで来させたな」

「たまには歩かせないと健康に良くないからね」

「俺はおじいちゃんかっての」

「あなたの健康を気遣ってあげてるんだから感謝してよね?」

「よく言うよ。お前の趣味の悪い娯楽のためだろ?」


フランは思い出したように手を叩く。


「そうだ! 弟さんと仲直りできて良かったね。てっきりサラマンドに帰ると思ってた」


事後処理に追われての忙しさからか。


使い魔越しに聞くヴィゴーの声はどこか違和感があった。


思い詰めてるような。


何かを押し殺しているような。


そんな声だった。


まあ本当に人手が要るならまた連絡してくるか。


「元々ヴィゴーとは仲が良かったんだ。あいつ、本当は優しいヤツなんだよ」

「えー? 偉そうだったし意地悪そうにしか見えなかったけどなー」


意地の悪さで言うならフランも変わらない気がするけどな。


「サラマンドの行き過ぎた階級制度とヴェルブレイズ家の下らない決まりが俺たちの関係を拗らせてしまった。あいつも被害者みたいなものなんだ。だけど父上だけは違う。父上は今のサラマンドの在り方を是とし、ヴェルブレイズ家の規律に誰よりも縛られた男。そんな父上の治める国になんて戻りたくても戻れないさ」

「色々と複雑だったんだね〜」


城下町に視線を戻すフランの口元はどこか少し綻んでいる。


「フランこそ戻りたくないだろ。その、父上のせいであんな事になってしまったんだから・・・」

「へ? 私はヴィンセントが戻るなら一緒に戻るつもりだったよ?」

「何故だ?! どうして平然とそんなことが言える?!」


反射的に声を荒げてしまった。


「ど、どうしてって・・・」


だってそうだろ。


フランの両親は俺の父親に殺されたんだぞ。


「父上のせいで両親が殺された挙句、親しかったエレメントまで連れ去られた! ヴェルブレイズ家によってフランは独りきりにされたんだぞ?!」

「そりゃあ今でもあいつらを恨んでるよ。ヴァルカンもユリウスもナバルも絶対に許さない」

「ならどうして・・・」


向日葵ような満面の笑みが咲き誇る。


「だってヴィンセントがいるもん。あなたがいれば私は落ち着いていられる。復讐心に駆られないで済むの。それに伝説級グランドの大魔導士様がそばに居てくれるんだよ? こんなに頼もしいことはないよ。もし同じようなことが起きたとしても今度は絶対大丈夫。あなたが私を守ってくれる」


どうしてそんな優しい顔ができるんだ。


俺なんかよりよっぽど辛い過去を背負っているのに。


お前、本当にすごいよ。


その純粋さが羨ましい。


「俺が隣に居ることは前提なんだな」

「当たり前だよ! あなたは森で偶然出会った私の運命の人なんだから!」

「いや、あれは俺がフランのマナを感知したからで・・・」


今度は思い切り頬を膨らませる。


「もうっ! 細かいことはいいの! 空気読んでよね! とにかく私が一番最初にあなたの魅力を発掘したんだから私に権限があるの!」

「俺の権限は?」

「認めません」


もはや横暴を通り越して独裁だ。


出会い方もタイミングも、それこそ偶然だと言うのにあまりにも勝手すぎる。


でも不思議と心地良い。


常に飾らないフランだからこそ成せる業、か。


「まさかフランの言ったことが本当になるなんて夢にも思わなかったよ」

「ふふふ。私の凄さにようやく気付いたようね」


いきなりガブリエルの子孫だの伝説級だの言われて鵜呑みにする頭のネジが飛んだヤツなんてこの世界にはいない。


ところが蓋を開けてみればこいつの直感はほぼ核心を突いていたわけだ。


ガブリエルの子孫ではないけど、まだ魔導士として覚醒したばかりの俺の力に誰よりも早く気付き、信じてくれたことに変わりはない。


「誇り高い家柄なんだな。フェルノスカイ家は」

「そういうこと♪」


今後は各国で連携して本格的に毒霧と穢化えかの対策をしていくことになるだろう。


シルフィードとオンディーヌの『大聖域セラフィックフォース』に安置されていた『大聖典』が奪われたことで世界の均衡は徐々に崩れていく。


それに伴って魔王ゼフィールの封印も確実に弱くなる。


そうなれば星護教団との衝突も避けられない。


だが皮肉にも、魔王ゼフィールの復活という共通の脅威が各国の絆をより深めることに繋がる。


とはいえ俺はガブリエルのような大賢者なんかじゃない。


俺一人にできることなんて高が知れている。


目の前の仲間を全力で守る。


それだけだ。


そして、この子だけは何があっても。


「ね、今度は私に飛行艇運転させてよ! すごい大技を思いついたの!」

「絶対無理。悪夢でしかない」

「な、何でよ〜!?」


おっと。


フランの勢いに流されて忘れるところだった。


「フランのあだ名が一つ増えたぞ」

「ほんと?! なになに?」

「駄々っ子メイジ」

「何よそれ?!」


今だけは、未来のことは忘れよう。


今だけは、かけがえのないひとときに心を委ねよう。


己の内側で静かに燃える古の大賢者の灯火を感じながら、茜色に染まるオンディーヌの空を見上げていた。

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最強の最底辺魔導士〜どうやらGは伝説の方だったらしい〜 SSS @-SSS-

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