第7話 金色の薔薇


山脈の険しい山肌を進む。


傾斜こそ緩やかだがゴロゴロと岩石が転がる地面は歩きにくい。


そのせいで余計に体力を消耗する。


「わぁ〜!! もしかしてあれ飛煌石!? 綺麗だね〜!!」

「そうだな」

「何よ。素っ気ないんだから」


毎回毎回あなたのようにリアクションできる人の方が少ないんですよ・・・


頂上付近の山肌がぽつぽつと小さく光り輝いているのが見える。


大小様々な色で輝く光はまるで花冠のように山頂を彩っていた。


まぁ。確かに綺麗ではあるんだけど。


「さあ、参りましょう。ヴィンセント様、頼りにしていますわよ♪」

「が、頑張ります」


昨日の事もあって変に意識してしまう。


無意識だったとはいえ少し配慮が足りなかったな。


反省。


可憐な笑顔のローズとは対照的にフランはムスッとしている。


「フン。いちいち色気だすなっつーの」

「そんな顔するなよ。シワが取れなくなるぞ」

「うっさい! 何よ。デレデレしちゃってさ」

「してない」

「どうでしょうね〜? 変態さんの考えている事は分かりませんから」

「変な敬語はやめろよ。気持ち悪いな」


フランは意外と根に持つタイプのようだ。


「ん? この気配・・・」


どこかで感じたことのある気配の束。


星護教団・・・ だな。


ナバルと呼ばれていた奴とはまた違う大きな気配が一つ。


位置と方角からしてゲイル山脈の裏か。


どうしてあいつらがこんな所にいるんだ?


「どうしたのよボーっと山の方見つめて。何か面白いものでもあるの?」

「いや、何でもない。行こう」

「ふ〜ん」


だいぶ山頂も近づいてきた。


ゲイル山脈は標高が高く、頂上付近は切り立った崖のように険しい山肌のため道は細く非常に歩きにくい。


崖の下は暗くてよく見えない。


「落ちたらどうなるんだ・・・」

「ちょっと落ちてみてよ」

「ふざけるな。嫌に決まってるだろ」

「あはは。冗談だってば」

「何でそんなに楽しそうなんだよ」


フランの感情表現の豊かさには素直に感心する。


きっと目に映る全てが輝いて見えているんだろうな。


それに比べて俺は・・・


「浮かれるのも結構ですけれど、本当に落ちても知りませんわよ」


ローズの神妙な面持ちから緊張感が伝わってくる。


魔導士の鏡だな。


フランも少しは見習った方がいいかもしれない。


「ふんふふ〜ん♪」


うん。


無駄な期待はやめよう。


「山頂は目と鼻の先だ! いつゼファリオンが現れてもおかしくない! 警戒を怠るな!」


ローズのすぐ後ろを歩く青年が声を張り上げると、後ろに続くギルドメンバーたちは一斉に身構えた。


「ありがとう。アルバート」

「いえ。皆を気にかけるのは当然ですから」


アルバート。


高身長でこれまた爽やかな美青年だ。


垂れ目が優しい印象を与えるが、その柔らかい物腰もあって彼と話す人は皆笑顔だ。


そして目元のほくろが妙にエロい。


彼は恐らく無意識に業を背負うタイプ。


果たしてこれまでに何人の女性を泣かせてきたのか。


この男は色んな意味で危険だ。


オスとしての俺の中のセンサーが警報を鳴らしている。


フッ・・・ 厄介な相手が現れてくれたもんだ。


だが、相手にとって不足なし。


「一人でポーズなんか決めて何してんの?」

「べ、別に」

「変なの」


いかんいかん。


ついイケメンを前に闘争心を剥き出しにしてしまった。


それにしても羨ましい。


くそっ。


俺もこんなイケメンに生まれていれば・・・


「あの、僕の顔に何かついていますか?」

「え? いやすごい統率力だなーって」

「『金色の薔薇』はローズ様の作ったギルドです。誰一人として失うわけにはいきませんからね」


なんて眩しい笑顔!


直視できないっ!


「こほん。ローズと強い信頼関係で結ばれているのが分かるよ」

「ローズ様は、当時まだ魔導士として覚醒していなかった僕を誰よりも早く見出し居場所を与えて下さった恩人なのです。そんなローズ様がお作りになったギルド。ローズ様と『金色の薔薇』はこの身に変えてもお守りしたい」

「アルバートが副リーダーでローズも頼もしく思ってるに違いないな」

「結局はBランクの普通魔導士でしたけどね」


アルバートは恥ずかしそうに頭を掻いている。


「普通なもんか。Bランクでも十分立派じゃないか。AランクでもSランクでも、案外アルバートみたいな人格者は少ないかもしれない」

「そ、そんなことないと思いますけど」

「人より遅かったかもしれないけど、ちゃんと覚醒できて良かったな」

「ヴィンセント様・・・」


そうさ。


まともに覚醒すらできなかった俺なんかとは比べるのもおこがましい。


「それよりさ、アルバートってローズの事が好きなのか?」

「い、いきなり何をおっしゃるのですか?!」

「ちょっと気になったもんで」

「ぼ、僕は別に! ただ、ローズ様には笑顔でいて欲しい。そう思います」


真面目だなぁ。


必死にジェスチャーする姿がなんか可愛い。


そのギャップはずるいぞ。


それにしても、ローズは人を見抜く才能があるんだな。


俺も彼女に見出されていれば国を追放されなくて済んだのだろうか。


「どうかしましたの? そんなに慌てて」

「い、いえ何でもありませんっ!!」


うーむ・・・


「ヴィンセント様? そんな難しい顔をしてどうかなさいましたか?」

「いや、何でもない」


またさっきから変なマナを感じるんだよなぁ。


あいつらとは質も位置も違うしやや小さめだけどはっきり分かる。


思えばフランの時もこんな感じだったな。


「・・・・・・」


・・・まあいいか。


今のところ変わった動きもないし、敵意も感じない。


害はなさそうだし放っておこう。


フラン辺りに話したところでどうせ信じてもらえないだろうしな。


「さっきから後ろをチラチラ見てどうしたの? そんなに私が可愛い?」

「カワイクテタマラナイヨ・・・ ゴフッ!?」


フランの渾身の肘打ちが脇腹に刺さる。


「そんな言い方で喜ぶほど単純じゃないわよ」

「わ、悪かったって」


普通に言えば喜ぶのか・・・。


そうこうしているうちに頂上へ辿り着いた。


周囲は切り出された岩肌に溶け込むようにカラフルな飛煌石が優しい光を放っている。


「わぁ。こんなにたくさん。ほんと綺麗な鉱石だよね〜」

「無闇に触ると危険だ。足元が崩れるかもしれないぞ」

「大丈夫だって。どうせ採掘しなきゃいけないんだからゼファリオンが来る前にさっさと済ませましょ」


フランは渡されていた携帯用のツルハシで思い切り岩肌を叩いた。


「固っ!? 飛煌石ってこんなに固いの? 手が痺れる〜」

「おかしいな。飛煌石は密度こそ濃いが、そこまで固くはない鉱物のはずだけど」


一瞬、フランの後ろで何かがゆっくりと開閉した。


見間違いか・・・? 


もう一度目を凝らして岩肌を見つめる。


やはり何かが開閉した。


そう。まるで蛇の目みたいな・・・


突然辺りが激しく揺れだす。


「フランチェスカさん! 離れて下さい!!」

「え?」


岩肌が緑色の光を放つと同時に巨大な黄色い翼が持ち上がり、雷鳴のような咆哮が響き渡った。


深緑のドラゴンは翼を羽ばたかせ空へ昇っていく。


「グオオオオオ!!」

「ゼファリオン?!」


周りの飛煌石に擬態していたのか。


色までそっくりで気付かなかった。


ゼファリオンが激しい咆哮を発すると、翼から無数の風の刃を作り出しこちらに向かい襲いかかってきた。


「アルバート!!」

「はい!!」


ローズの号令に合わせアルバートが手をかざすと、真っ赤に輝く魔導書を顕現させた。


『堅牢なる大地の守護神よ その慈愛を以って 我らを守り給え』


『プロテクション!!』


アルバートから発せられた虹色の膜が半円形状に俺たち全員を包み込み、衝突する激しい風の刃を無効化していく。


「あれ、強力な支援魔法だよ。すごいよね」

「へぇ。そうなのか」


支援特化型エンチャンターというのはまた違ったマナの流れになるんだなぁ。


勉強になる。


「はぁっ! はぁっ!」


アルバートは見るからに消耗していた。


それだけゼファリオンの攻撃力が高いということか。


ゼファリオンは大きく旋回し、より多くのエネルギーを翼に集中させる。


「くっ! もう一度」

「ありがとうアルバート。奇襲を防いでくれただけで十分ですわ」


ローズが俺たちの前に立った。


自信に満ちた表情は美しさだけでなく、リーダーとしての凛々しさも兼ね備えていた。


その姿はまさに豪華絢爛。


「グオオオオオ!!」


ゼファリオンの両翼から先程よりも遥かに強い嵐のような風の刃が放たれる。


「ローズ・レイノルズ。参ります」


ローズが天に向かい手を掲げると同時に、金色に輝く魔導書グリモワールが弾けるように出現した。


フランと同じだ。


しかしローズの魔導書グリモワールの輝きはフランのそれとはまた少し違う。


フランの魔導書が温かい優しさを感じさせる輝きだったのに対し、ローズのものは、例えるなら責任感や使命感を表したような毅然とした輝きだ。


ローズが手を水平になぞると、魔導書グリモワールは細長い姿に変わっていった。


やがて魔導書は一本の細剣レイピアとなりローズの手に握られた。


風舞かざまい!!』


目にも留まらぬ速さで振り抜いた細剣レイピアから一本の細い斬撃が飛んでいく。


空気を極限まで擦ったような甲高い音を鳴り響かせるその斬撃は、ゼファリオンの放った風の刃を絡め取り、大きな風を巻き起こして吹き飛ばした。


綺麗だ。


まさに戦場に咲く一輪の薔薇。


金色に輝く細剣を携え不敵に微笑むローズはその場にいる誰をも魅了していた。

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