涙が宝石になる少女の話

名取 雨霧

嬉し涙と馬鹿商人

「あなただけだよ、いつも私をこんなに笑わせてくれるのは」

「君が泣いてくれたら金になるからな。僕の生活のために笑い転げてくれ」


彼は今日も綺麗に話にオチをつけ、時刻は17時──商人が交代する時間だ。


「今日は2g持っていくよ」


私は彼の背中に手を振る。


毎日、ひっきりなしに商人達は私の家へ訪れた。刻んだ玉ねぎを使う人もいれば、悲痛な境遇を語り同情の涙を誘う人もいた。彼らはまだ親切な方だ。


貧困に苦しむこの村で唯一効率的といえる金策が私の涙だ。


当然、身体に痛みを加える輩だっている。

この腕の痣も、いつのものだったか。


商人達の会話を盗み聞きしたことがある。どうやら涙の宝石には種類があり、それぞれに価値の優劣があるらしい。


感情的な涙ほど結晶の濃度が高くなり、価値が上がる。つまり、痛みや苦しみから滲み出た涙の値打ちは、なんでもないあくびから湧き出た涙の10倍にも跳ね上がる。


皮肉なものだ。


「私を笑わせて出た涙って、どれほどの価値なの?」


ある日、彼に聞いてみた。

彼はおどけて答える。


「前の2gで、飴玉20個入り1袋くらいだった」

「あ、嘘だ!他の商人は家が建ったって言ってたもん」

「はいはいそうだよ、服の20着くらいは余裕さ」


彼はよく話は盛るし、誤魔化すし、嘘吐きだ。


彼の来訪後、珍しく商人の列が途絶えたため、私は彼の後をつけた。


正直、彼のことが気になっている。


他の商人は50gの宝石を手にしてやっと腰を上げるのに、彼の回収量は5gにも満たない。話が滑った時は、手ぶらで帰ることだってある。


私を笑わせて得た涙は、どれほどの価値があるのか。


その涙には、飴玉一粒の値段すらついていなかった。なけなしのお金を戸棚に入れ、荷物を背負ってまた別の仕事に向かう姿が見えた。


その背中を捕まえて私は問いかける。


「どうして?村の皆は私の涙を沢山売って幸せになってるのに」

「僕だって幸せだよ、君に笑ってもらえるんだから」


それから私は、長い間うまく泣けなくなってしまった。村の役に立てている自分に酔いしれるばかりで、自分を大事にしていなかったことに気づいたのだ。


大粒の涙を期待されていた私に対し、村の皆はことごとく関心をなくしていき、ある日商人達は私の家を訪れなくなった。


──彼を除いて。


「今日はなんの話をしようか」


ボロボロの布切れを羽織った小汚い商人が1人、私の家の玄関に腰掛けた。私以上に私を大事にしてくれた、話は上手いが商売下手な商人。


「なんで、しばらく来てくれなかったの...」

「じゃあ今日は、金なさすぎて借金取りを3人同時に巻いた話から始めようか」


「ずっと待ってたよ」


足元に数え切れないほどの宝石が散らばる。彼はきっと、一生遊んで暮らせるほどの宝に目もくれない。


彼が欲しいのは1つだけ、悲しい涙とは縁遠い薄くて安っぽい、透明な宝石だ。


「そんなんじゃあ儲からないよ、馬鹿商人」


笑い疲れた表情の裏で、小さく溢した。

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涙が宝石になる少女の話 名取 雨霧 @Ryu3SuiSo73um

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