第19話 逃げの一手
「ドコいったのねぃ、クソガキィィィ!」
ボカーン、ドカーン。
コスプレ男が怒鳴り散らしながら、グレネードランチャーをぶっ放している。手当たり次第に建物を破壊して回っているようだ。危険極まりないが、こちらのことを見失ってくれている今がチャンスである。
ソロソロ、と。
なるべく音を立てずに、ランは爆弾から遠ざかるように移動を開始した。
窓から建物に入り、フロアを横切って反対側から出たらまた隣の建物へ、という慣れた手段で外からの視線を遮りつつ、慎重に離れていく。
「勝負だ、ヘンタイ野郎!」
「邪魔するななのねぃ!」
派手に暴れて人目を集めたか。コスプレ男が別の選手に絡まれるのが聞こえた。
これなら逃げきれそうだ、とほくそ笑んだのも束の間、ランの耳に破裂音が突き刺さる。
銃声だ。
かなり近くてビクッと身を竦ませるが、銃弾が襲ってくることはなかった。聞き耳を立ててみると、音の出どころは上の階。たまたま同じ建物で、別の戦闘が始まったのだ。
巻き込まれてはたまらないが、他所へと移動するよりも先に、
「そこかぁクソガキィィィ!」
大爆発。
上階で戦っていた連中の悲鳴が飲み込まれ、グラグラと天井が崩れてくるので窓から脱出したら、憎々しげに顔を歪めたコスプレ男と鉢合わせした。誰かと戦った名残か、片足が濃いノイズでフリーズしている。
黒光りする、グレネードランチャーの銃口。
――オプション変更、【
再度、【
急加速で爆撃を躱そうとするランを、コスプレ男は読んでいたのか即座に装備武器を交換。ゴツい銃器から機械翼に切り替えて、誘導ミサイルを全弾一斉に発射する。
「あっ、うう……えっと、えと……」
展開が早い。
次々と情報が追加される戦況に置いて行かれないよう、ランは必死に頭を回転させながら廃墟街を飛翔して、崩れかけたショッピングセンターに逃げ込んだ。
そこからは前回の再現。追ってきた小型ミサイルの半数は壁に阻まれて爆発し、屋内まで入ったとしても、空の陳列棚を爆破するばかりで、ランは無事に裏口から逃げることができた。
このまま入り組んだ路地を使って視線を切りつつ、距離を取れば大丈夫なはずだ。
……さて、【加速】を維持して遠ざかるのを優先するか、もう一度【隠密】に交換して気配を消すか?
手札は二種類、どちらを選ぶのが正解なのかと逡巡するランの耳が、また何かを拾う。
今度は風切り音。
見上げれば飛行機雲が、高く放物線を描いて、こちらを目指して落ちてくる――無数のミサイル群、再装填を終えたコスプレ男が放った第二陣だ。
ドドドドドドドドドドッッ!!!
狭苦しい裏路地。ランを照準したミサイル群は密集した屋根に阻まれるが、爆破された廃墟は瓦礫の雨となって頭上に降り注ぐ。
生き埋め。
不吉な四文字が脳裏をよぎって、死に物狂いで駆け出した。
加減など考えるヒマもない、【加速】による全力飛翔だ。
真っ直ぐに飛ぶのが精一杯で、ダクトの口が突き出していたりすると肩をぶつけてクラッシュするし、丁字路なんかは曲がり切れずに衝突。それでも壁を蹴った勢いで再加速して、崩れ落ちる廃墟から逃げて逃げて逃げまくる。
無我夢中で、思考なんてとっくの昔に止まっていた。
今の自分がどこにいて、どこへ向かっているのかも分からないまま、ひたすら前へと飛んでいたら、急に開けた場所に出た。薄暗いのに慣れていた視界が白く染まって、直後に戻ったそこは焼け野原だった。
倒壊した建物の残骸。半壊のビル。立ち込める黒煙。
コスプレ男か、あるいは他の選手たちの激戦によるものだろう。大怪獣か戦争が通り過ぎたみたいな場所では、現在進行形で何組もの選手が戦闘を繰り広げていた。
あちらでは剣士が銃撃を躱しながら斬りかかり、こちらでは腕を機械化した大男を女性の鞭使いががんじがらめに縛り上げ、その中でも近くにいた二名がランに気付いた素振りを見せた。
二人とも、小型ミサイルを放つ翼を装備している。
……まずい!
とっさにランはきびすを返し、元来た道に逃げ帰ろうとしたが、すっかり覚えてしまったドラ声がせまってきていた。
「年貢の納め時なのねぃ、クソガキ! 往生せぃやぁぁぁぁぁ!!」
後門より追ってきたコスプレ男が、三度ミサイル群を発射した。
前門に立ち塞がる二人は、互いに警戒し牽制し合いながらもランへとミサイルを放つ。
「う……ま、まだ……!」
まだ前後を挟まれただけだ。ランは諦めずに活路を探して――――キラッ、と。
何か光った。
と思った次の瞬間には、腹部に衝撃。比較的無事だったビルに潜んでいた、スナイパーからの狙撃である。挟み撃ちにされ、一瞬とはいえ足を止めてしまったランは、漁夫の利を狙っていたスナイパーから見ればあまりにも容易い獲物だったのだ。
【FREEZ】【損傷率72.8%】【修復を優先】
けたたましいアラート。
土手っ腹に大きく濃密なノイズが刻み込まれていた。辛うじて急所はハズしたらしく、多少は動かせるが、ナメクジのように遅々として移動なんて望むこともできなかった。
……そういえば、昨日もこんな感じだったか。
せまりくるミサイル群を眺めながら、ランは他人事のように思い返していた。
昨日、警務官に捕まりそうになった際も、こんな風に手も足も出なかったのだ。あの時はメグリが助けに現れてくれたからよかったが、今回はスポーツの試合である。負けても危険はない代わりに、救いの手が差し伸べられることもない。
敗北は確定的であった。
「――挟み撃ちは悪手よ」
メグリの声が、聞こえた気がした。
走馬灯のように、記憶がよみがえる。
どこまでも追いかけてくるミサイル――グレネードランチャーと交換するコスプレ男――「どこに隠れたぁぁぁ!?」――さっきは見えてないのに撃った――何が違って――――【隠密】の効果は……
「お……オプション変更……!」
デッキを展開すると同時に、重い手足に鞭打って体を小さく丸めた。逃げられないから、せめてもの足掻きだ。
少しでも的を小さくしようとするラン、数えきれないほどの小型ミサイルが殺到した。前からと後ろから、ミサイルが正面衝突した爆風で、ランは吹っ飛ばされる。
受け身も取れずに墜落した。
【ダメージ拡大】【損傷率94.1%】【修復まで、後……】
もはや回復は見込めないだろう。
砕けたアスファルトに半分埋まって、指一本動かすことはできない。
瀕死の状態で空を見上げるランに、トドメを刺すべく誘導ミサイルの群れが降り注――――がない!?
「「「なっ!?」」」
本来ならばランを追って方向転換するはずミサイルが、一つとして曲がることなく直進して行ったのだ。
ミサイル使いたちは三者三様、驚愕のあまり硬直して、
「ぉんぎゃああああああああああああああ!?」
コスプレ男の絶叫を背景に、花火が三つ。空に紅炎が咲いた。
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