第42話「英雄になるには敵が必要だ」

「それで? あの女たちはどうする?」


 寮に帰ったところで不可知化を解除したウーノがふしぎな質問をする。


「べつに何もしないよ。運が良ければ王家派閥の末席に入れてもらえるだろうし、そうなったら面倒が減るとうれしい」


 と答えた。

 王家派閥のほうが力関係では上である。


 ぶつかり合ったときの被害が大きいのと、グリード侯爵みたいな大貴族のクビはそう簡単に挿げ替えられないという理由が大きいだろうけど。


「減らないだろう? 派閥を乗り換えた新参者がいいあつかいされるとは思えん」


 ウーノの口から正論が飛び出したことに面食らう。


「そりゃそうだろうけど、何でお前知ってるの?」

 

 貴族派閥の在り方なんて、彼女とは無縁なものだろうに。


「お前の隣で見てきてからな。ただボーっと過ごしていたわけではない」


 と言って彼女はニヤリと笑う。

 

「いつの間にか貴族社会について理解していたのか」


 興味がないだろうと思って触ってこなかったけど、普通に学習してしまったらしい。


「王家の派閥に守られながらのんびり暮らしたいというのが理想なんだけど、やっぱり無理そうかな?」


「わらわたちの存在を明かしたり、ナビア商会やトーレ──サブリナとのつながりを見せれば違うだろうがな」


 とウーノは答える。 

 

「前者はともかく後者は弱いと思うよ」

 

 ナビア商会はたしかに大商会だけど、それだけにつながりを持ってる大貴族はほかにもいるだろう。


 サブリナは天才魔法使いだけど、将来有望なエリートを抱え込んでる貴族たちは珍しくない。


「ふむ。そのようなものか。まだ学習が甘かったようだ」


 ウーノはすんなりと指摘を受け入れる。

 この柔軟さが彼女の強みだったりするんだろうか。


「力を見せるのはアリかもしれないね。強ければないがしろにはされにくいから」


 いやがらせみたいなことはされるかもしれないが。


「ならば武力を見せる機会をつくればよかろう」


「いや、ちょっと様子見」


 止めないとウーノが何かたくらみそうだったので待ったをかける。


「何か事情でもあるのか?」


 案の定、彼女は残念そうな表情になった。

 

「せっかくだから冒険者ルーのほうを見せたほうがいい気がするんだ」


 あっちではすでに活躍してきているし、アラディン侯爵家のご令嬢を助けたという実績もある。


「ふむ? 普段は弱そうな子爵、実は最強の冒険者か。ヒューマンどもの英雄譚で語り継がれそうだな」


 ウーノはどこか納得したようだった。

 そういやこの世界にはそういう英雄譚があるんだっけ。


 いまの俺には関係がないので、すっかり記憶のかなたになっていた。


「それくらいになれたなら、ひとまずは安心かな」


 英雄として語り継がれるくらいなら、きっと王家にも重宝されるはず。

 破滅から逃れたい俺の目的は達成だと言える。


「ルーク、知ってるか? 英雄となるにはまず敵が必要だ」


 と言い出したウーノの笑みはいたずらっぽさを超えて邪悪に近い。

 まるで本性を現したみたいだな。


「言ってることはわかるよ。どこかに手ごろな悪役はいないものかな?」


 彼女はアラディン侯爵領の再来をやりたがってるのかもしれないけど、あえて気づかないふりをする。


「ふむ。魔王もクワトロもわらわもお前の配下になった以上、敵を探すのは容易ではないと思うぞ」


「なんてこった……」


 ウーノの指摘に頭を抱えたくなった。


 破滅フラグを壊すために戦力を充実させていたら、次のステップに進むところでつまずくなんて。


 もしかして強くなり過ぎた?

 いや、さすがに考え過ぎだと思う。


 原作のストーリーなんてまだ始まっていないんだぞ。


「ところで話を戻すが、女たちはどうする?」


「うん? それはさっき話したんじゃないか?」


 ウーノの意図がわからなくて聞き返す。


「王女に公爵令嬢、それにお前が助けた侯爵令嬢のいずれも美姫と言える。ヒューマンの女としては最上の部類だろう。伴侶を見つくろってもいいのではないか?」


 色恋沙汰というよりは政略結婚の話だな、コレ。


「ヒューマンの社会は家の格ってものを気にするからな。現状の俺だと誰とも結婚できないよ」


 冒険者ルーの場合と仮定しても結果は変わらない。


 だいたいアラディン侯爵令嬢がどういう気持ちを抱いているのかわからないじゃないか。


「相変わらずつまらない縛りがあるのだな。壊してしまうか?」


「それはダメだ」


 ウーノはわりと本気で言ってると直感したので、強めに反対する。


「俺は一応秩序を守る側の立場だからな」


 あと秩序の破壊者となれば、覚醒した主人公に討伐されてしまう。


 ゲームでも主人公は追い詰められたとき、理屈を超越した強さを発揮するようなあつかいだった記憶がある。


 そんなもの自分に向けられたらたまったもんじゃない。


「ふむ。ならば内側から入って立場を固めていくのはどうだ? それならお前の意思と矛盾はしないはずだ」


「それは考えていたよ」


 王女や公爵令嬢に認知されたなら、使える作戦ではある。


 彼女たちは原作でも善の側であり、ヒロインではないものの主人公の支援をおこなう立場だった。

 

「やることはまだまだあるな」


 何から手をつけたらいいのか迷ってしまう。


「とりあえずソルティアには部下を集めさせておくかな?」


「それはだいたい済ませたようだ。あやつなかなか仕事が早いな」


 ウーノの返事にうなずいた。


「なら次のステップもありかな? 冒険者ルーが王女たちと仲良くなるきっかけとなるような、事件を起こしてもらいたい」


 それを冒険者ルーが解決するというわけだ。

 いい手なら使えるうちは何度でも使いたい。


「いいと思うが、詳細を詰めておかないとあいつらではやりすぎそうだぞ?」


「その忠告はもっともだな」


 ウーノの指摘には全面的に同感だった。


「そもそも魔王の部下が俺に従うのかも怪しい気がするけど」


 俺なんてしょせんはただのヒューマンに過ぎないからな。

 魔王軍の幹部たちは従順じゃなさそう。


「もしも従わないなら、そのときはナンバー2も『五哭将』もわらわが始末してやろう」


 ウーノがにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「えっ? 『五哭将』って誰だそれは?」


「魔王の部下どもだ」


 ウーノは疑問に思わなかったらしく教えてくれた。


「それは困るな。使える手駒が減ってしまうから」


 マンパワーはとても重要だ。

 数がすべてではないが、数が解決できる物事は多いからである。


「では服従を誓うまで泣き叫ぶコースはどうだ?」


「それならいい」


 やばくなったらソルティアかクワトロが止めに入るだろう。

 

「ソルティアに聞いたら、顔合わせをさせたいとのことだ」


「じゃあ会いに行こうか」


 学園にまで会いに来られても迷惑だから、俺が出向くほうがいい。

 


 一応仮面をつけて『庭』を訪問すると、そこには不穏な空気がただよっていた。


「魔王様、どうして我々がこいつらの下につかねばならないのですか?」


 と言ったのは若い女性。

 あれはナンバー2の【鬼謀アレクサンドリア】だろうな。


 この女性はゲームにも登場したので知っている。

 異名のわりに謀略がすごい印象はなく、むしろ直接戦闘で強かったけど。

 

「そうです。納得はできません」


 『五哭将』と思われる連中も主張している。

 トーレは面白がっていて、ドゥーエは困惑。


 クワトロは自分の出番が近いという顔をしている。


「では、わらわが納得させてやろう」


 とウーノがにやりと笑った。


「は? 誰よオマエは?」


 アレクサンドリアが不快感をむき出しにして言い返す。

 

「あっ」


 ソルティアがあわてて止めようとしたがもう遅い。

 自然と六対一の戦いに移りそうだったけど、移らなかった。


「ウソでしょ? わたしの『破壊剛拳』が!?」


「俺の炎が?」


「ば、バカな」


 六対一なのにウーノが圧倒的な強さを見せたからだ。


「ここまで一方的では『戦い』とは言えないな」


 感心するクワトロに俺も心の底から賛成する。


「ウーノさんってこんなに強かったんだね」


「伝説通りの強さよね」

 

 ドゥーエとトーレがほのぼのと言い合っていた。

 ふたりともウーノの正体を知っているので、そこまで驚きじゃないのだろう。


「だから止めたのに……」


 ソルティアは悲痛な顔で頭を抱えているのでフォローしよう。


「やりすぎないようにちゃんと止めるから安心してくれ」


「ボス。命は助けてあげてくれない? あいつら、ちゃんとあなたの役に立たせるから」


「ああ、わかってる」


「ありがとう!」


 ソルティアは満面の笑顔で抱き着いてきた

 何でか知らないけど、魔王になつかれた気がする。


「おい、魔王! 何をしている!? 殺すぞ!」


 こっちの様子に気づいたウーノが手を止めて、魔王を威嚇した。


「え、ちょ」


 ソルティアはふたたび涙目になる。

 何だろう、いじめられるのがよく似合う美少女みたいだ。

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