第33話「無双の英傑、史上最速の快挙」
気を取り直したように咳ばらいをしたおじさんが俺たちを見る。
「ルーとセリアはいまをもって一級冒険者に昇格してもらう」
と告げた。
「おお! すげえ!」
「あいつら三級か二級だろ? ふつうもっと時間かかるぞ!」
「おそらく史上最速の昇格だろうな」
周囲は大いに盛り上がって地鳴りみたいなことになってるけど、俺は比較的冷静なままでいる。
隣のドゥーエも似たようなものだ。
あのヒュドラはかなり強かったらしいので、そこまで意外じゃない。
「これがお前さんたちの新しいライセンスだ」
数字が一になっている以外とくに変わりはない。
ここから上がるのは難しいだろうなと思いながら受け取る。
「素材の買い取りだが、合計で金貨百枚で決まった」
「おお、これまたすごい金額だ」
いちいち周囲が騒いで困るな。
もうちょっと静かに聞かせてもらえないだろうか。
おじさんはもう一回咳ばらいをする。
「もうすこし出したいんだが、金貨数百枚をぽんぽん出せるのは大貴族だけなんだ。わかってくれ」
疲れた顔で言われたので思わず同情し、こくりとうなずいた。
ウチの家計では金貨一枚を払うのだって厳しいだろう。
娘の命が懸かっていたからと言って、あそこまで気前よく支払えたアラディン侯爵家の財力がいい意味でおかしいだけである。
「俺だって貧乏だから冒険者になったクチですからね」
金がなくてつらい気持ちはわかると伝えた。
「そ、そうか。領主さまのお膝元だともっとギルドはデカいし、金払いはいいはずだ。お前らなら領主さまに訴えればもっと払ってもらえるかもな」
あの人なら払いそうだとおじさんは小声でつけ加える。
同感だけど、あまり特定の家から金をもらいすぎるのはあまり上手くない。
いろんな大貴族をいい感じで渡り歩いていきたいものだ。
「それはさすがに望みすぎですね」
「欲がないな」
俺の返事におじさんは笑う。
欲なら人波にあるつもりなので的外れだ。
単に欲張りすぎてすべてを失わないように気をつけてるだけである。
「あと、セレスティナお嬢さまがお前たちに名を贈りたいってよ。【無双の英傑】だそうだ」
「!?」
さらりと言われた内容にぎょっとなる。
冒険者の異名って周囲につけられるって知っていたけど、まさかこのタイミングで仰仰しいものがついてくるとは。
「驚いたみたいだけど、相手が相手だから断れないぜ?」
おじさんがからかうように笑う。
「ですよねー」
断ったらセレスティナさまに恥をかかせて、アラディン侯爵家の名に傷をつけることになってしまう。
「まあ、お前さんたちなら【無双の英傑】という異名だって、的外れにはならないだろう」
期待が思ってたよりも重い。
ウーノ、クワトロ、シンクエを知っているから「無双」なんてとても名乗れないんだけどなあ。
「それでこのあとどうする? 依頼を請けていかないか?」
とおじさんに言われた。
「いや、ほかの街に行ってみようと思います」
実績を増やすだけじゃなくて、知り合いも増やしていきたいからな。
「そうか。残念が冒険者に鎖をつけられるはずがないよな。行ってこい」
おじさんは笑顔で送り出してくれた。
一度も名乗らなかったけど、たぶんあの人がギルドマスターだよな?
ウーノの庭に戻ってきたところで、情報の整理をしてみよう。
「一連の魔物の動きは沈静化したんだな?」
「若干残っているが、ヒューマンがこのままがんばれば終わるだろう」
確認するとクワトロが答える。
「一番多くの被害が出たのはコアーク伯爵領だが、アラディン侯爵領、トーバチリ子爵領も被害が出ている」
きれいに三つの派閥に分散できたみたいだから、疑われないだろうな。
「ずいぶんと上手くいったんだね?」
聞いていたドゥーエが疑問を抱いたらしく首をかしげる。
「まあ派閥が違う者同士を近くの領地に配置する、という政策を王家はとってるみたいだからな」
要するにお互い監視し合い、けん制し合う状況をつくっているんだろう。
「国の方針のおかげで楽だったな」
とクワトロも認める。
「あと戦力調査もそれなりにはかどったぞ」
「それはうれしいな」
主人公はまだ活動を開始してないだろうし、いまは気にしなくてもいい。
だけど、ゲームでは触れられなかった人物の実力や関係性は知っておきたかった。
「ルークのライバルになりそうなやつは見つからなかったな。ほかの拠点にでもいるのか?」
とクワトロは疑問を出す。
「そりゃいるんじゃないか?」
世界は広いんだから、俺くらいの実力者なら探せばいるはずだ。
ウーノ、クワトロ級となると、主人公の仲間たちじゃなきゃ太刀打ちできないとして。
「金級でもないとルークたちの相手にならない気がするけど」
とトーレが言う。
彼女が言うならデタラメじゃないかもだけど、油断はできない。
「けっこう数は増えたな」
と俺は庭を見回す。
見覚えのない魔物たちが遠巻きにして俺たちを見ている。
「スカウトは順調だからな。もっとも彼らを使いこなす、組織の幹部と言うべき存在はなかなか増えてない。ボスのルークに頼りたいところだ」
とクワトロが言ってきた。
「そもそも俺のための組織だしな」
彼の言ってることは筋が通ってると思う。
戦力を増やす部分はやってもらってるので文句はない。
「と言ってもな。学園で探すのはリスクがデカすぎるからな」
学園に通えるのは基本的に貴族の子弟か、ノーラのような財力、あるいはほかのツテがある平民のみ。
要するに全員がヒモ付きなのだ。
もし誰かを勧誘したら一気に俺の情報が拡散されてしまうだろう。
「事情が事情だから、訳アリを探すほうがいいんじゃないかな。わたしみたいな子とか」
とドゥーエが手をあげながら意見を話す。
自分から言い出すあたり、吹っ切れてるんだろうな。
「狙ってできることじゃないよね。あれってたまたまだったし」
あの偶然がなかったらウーノもドゥーエもいまここにいなかっただろうから、大きなイベントだった。
「狙ってやってみるのはどうだ?」
とクワトロがおかしなことを言い出す。
「狙ってやるってどうやって?」
アラディン侯爵領のマッチポンプみたいなものは、バレたときリスクが高いから何度もやりたくないんだけど。
「情報を集める最中に気づいたのだが、この国のやつらは意外と差別が多いようだな。珍しい瞳や目を持った獣人やエルフなどだ」
「ああ、なるほど」
たしかにゲームでも迫害される種族はいなくても、差別を受ける個体はいたな。
主人公の仲間にもいるんだけど、いまの時期どこにいるのかわかんないから、何となく意識から外してしまっていた。
「いまの【ゾディアック】なら保護くらいはできるだろう?」
というクワトロの言葉にうなずく。
「それなら俺がまず会うほうがいいよね」
あえて言わないけど単なる消去法だ。
迫害されてるような相手と知り合って説得できそうなやつ、俺しかいない。
正確に言うと俺が一番マシって感じ。
「口ぶり的に候補はすでに見つけてあるとか?」
「よくわかったな」
クワトロは驚いたように目を丸くしている。
「お前の性格を考えれば何となくな」
「さすが吾輩の首領だ!」
クワトロは豪快に笑う。
「実はふたりほどいる。ひとりは雪の肌を持った炎豹族。もうひとりは金と銀の瞳を持ったエルフだ」
「えっ?」
彼の言葉に思わず耳を疑った。
どっちも主人公が動き出すまで行方はわかんないと思っていたメインキャラクターじゃないか。
「どうかしたか?」
ふしぎそうな視線が俺に突き刺さる。
「いや、珍しいなと思って」
本当のことを言えないのでごまかす。
「たしかに。炎豹族は名の通り火属性に特化してる種族だし、エルフの瞳って緑しかないもんね」
トーレは何も疑わず共感してくれた。
「それらゆえに集落で肩身が狭い者たちだ。勧誘すれば乗ってくるのではないか?」
とクワトロの言葉にうなずく。
セリア、サブリナに続いてふたりも勧誘したら主人公はどうなる?
なんて俺は殊勝なことは考えられなかった。
育てば強力な仲間になってくれる存在ならいくらでも味方になって欲しい。
破滅する未来を回避するためにも、他人の心配をしてる場合じゃないんだよ。
「上手く説得できるかわかんないけど、まずは会ってみよう」
現実となったこの世界では、ゲームと違ってる部分はけっこうある。
いま迫害されてるふたりが必ずしも主人公と出会えるとはかぎらない、というリスクは考慮しておくべきだろう。
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